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第5話:ムヒョのお説教





第5話:ムヒョのお説教





朝。

「いただきまーす」

あたしはムヒョとロージーくんと一緒に、ロージーくんが作ってくれた朝食を食べていた。
こうやって一人以外で食事するの、久々だな……。

「ん、美味しい……!ロージーくんてご飯作るの上手いねーやっぱり」
「えっ、ああっ、ありがとうございますっ!!」

ロージーくんは相変わらずあたしの前ではかなり緊張している様子だ。

「そういうオマエは料理出来んのか?」
「あたし?そりゃあ……ていうかMLSの時、皆にせがまれて料理作ってあげた事あったじゃん。もう忘れたの?」
「ヒッヒ。それもそうだったナ」

ムヒョは悪びれた様子もなくぱくぱくと白米を口に運ぶ。

「ユキさん、料理出来るんですね!」
「まあ……ママに小さい頃少しばかり教わったから。それに料理出来なきゃ生活やってけないもん。ムヒョみたいに助手採ってないし。良かったねームヒョ、助手さんが料理出来る人で」

ムヒョは鼻を鳴らしただけだった。

「あ、前から気になっていたんですが、ユキさんは助手──」
「採ってないよ。上に無理言ってこのまま事務所開けちゃった」

あたしは苦笑しながら答えた。

「時々助手採用試験はやってる。けど、そろそろ執行人になって一年経ちそうなのに……まだ決めてないの」
「オメェの助手になりたいってヤツはいっぱいいるんだがナ。ヒヒ」
「やっぱりユキさん人気なんだ……!」

ロージーくんの感嘆の声にムヒョは「人気どころじゃねェヨ」と言った。ムヒョも大人気だったくせに……。新聞で見た、あの助手試験会場の有様ときたら。

「で、でも希望者はいっぱいいるのにどうして採用しないんですか?」
「んー……ま、簡単に言えば皆駄目だったって事──ごちそうさまー。美味しかったよ」

理想高いのかなあ、あたし。
そんな事を思いながら食器を片付けた。
本当のところ、ロージーくんみたいな助手が理想なんだけど……。名声等に囚われない、ロージーくんみたいな助手が。


「ほんっとーに良かったね、ムヒョ」

ロージーくんが皿洗いをしている間、あたしはムヒョにそう言った。

「あ?何がだ」

ジャビンに夢中になっていたムヒョは顔を上げる。

「ロージーくんがムヒョの助手試験受けてくれて良かったねって。あんな良い助手、滅多にいないよ」
「フン。全くの役立たずだがナ」
「役立ってるよ。ロージーくんがいなけりゃ家事の出来ないムヒョは今生きてなかったんじゃない?」
「ケッ」
「あたしロージーくんの手伝いしてこよっと」


ロージーくんは本当に温かい。リョウ君と同じ温かさを、彼は持っている。あたしの心に刺さってる氷を溶かしてくれるかもしれない人。

……でもきっと、刺さった後の傷は癒えないだろう。

別にいいんだ。あたしは一生その傷を見て生きていくという、覚悟を決めたから。





「ほんと色々ありがとう。じゃ、お邪魔になるしそろそろ帰るね」

皿洗いの後、あたしはロージーくんにそう告げた。するとロージーくんは目を丸くする。

「えっ、もう帰っちゃうんですか?も、もっとゆっくりしてもいいですよ!」
「え?」

予想外だ。あたしがいたら始終緊張しまくりで窮屈なはずなのに。

「遠慮する事全然ないです!昼食も一緒に食べませんか?あ、良ければ夕食も……」
「でも、邪魔じゃない?あたし」
「そんな事無いですよ!ねっ、ムヒョ!」

話を振られたムヒョは面倒臭そうにこちらを見上げた。

「……ま、隅っこの方で大人しくしてりゃ邪魔にはならねェナ」
「隅っこって……」
「それに、オレのベッドを貸してやった上にメシまで食わせてやったんだ。皿洗いだけじゃまだ足りねェ。そのまま帰るとは言わせねェゾ?ヒヒヒ」

酷く愉快げに笑うムヒョに、あたしは頬を少しばかり引きつらせた。

「……隙あらば貸しを作ろうってとこ、ほんと相変わらずなんだから……もう、わかったよ!しょーがない……今日一日六氷事務所のお手伝いって事で……」
「違ェ。『奴隷』だ」
「こ、こらムヒョ!」

……あたし、今一つの誓いを立てました。
いつか必ず絶対にムヒョをこき使わせてやる……!

「今日一日だけだからね!」
「ヒッヒ」





「ご、ごめんなさい……ムヒョのせいでユキさんに色々手伝わせてしまって……」

ロージーくんは申し訳なさそうにあたしに謝った。ちなみに今はロージーくんとお買い物に行く途中。

「いいよ全然。ムヒョの言う通り、ロージーくん達にはお世話になったしね。このぐらい手伝わなきゃ」

でも奴隷は無いでしょ全く、とあたしは愚痴を零した。

「ほんと、上司があれだと大変だね」
「いえ、そんな事……実際に大変ですけど……」

正直なその答えにあたしはほんの少しだけ口元を緩めた。

「ムヒョは幸福だよ」

唐突なあたしの言葉にロージーくんは首を傾げる。

「ロージーくんみたいな人が助手でさ」
「えっ……でも僕……役立たずで、魔法律も使えないし」
「魔法律が使えるとか使えないとか、そんなのは後の勉強や練習次第でどうにでもなる。だけどね、一番大切なものは勉強や練習とかで手に入れる事は出来ないんだよ。それをロージーくんは持っている。だからそのロージーくんを助手にしているムヒョが、あたしはすっごく羨ましいよ」

ロージーくんは考え込んだ。

「……一体僕、何を持っているんですか……?掃除とか料理とかなら出来ますが、それ以外は何も」
「持ってるよ」

温かい、心を。
それは役立たずなんかじゃない。人だけでなく、霊を救うのにも必要なものなんだ。

「だからロージーくん、自信持っていいんだよ」

もしもロージーくんがあたしの助手試験を受けていたら、もしかしたらあたしもロージーくんを採用したかもしれない。
正直なところ、新聞でロージーくんの事を知った時は少し不安だった。何でムヒョは素人さんを選んだんだろうって。でもそれは実際にロージーくんに出会うまでの事。今なら、ムヒョが彼を選んだ理由がわかるような気がする。それに、あたしはロージーくんの事は出会ったばかりだからよく知らないけど、もしかして彼には何かあるんじゃないかなとも思った。ムヒョの注意を引き付けるような、何か特別な力が。──根拠のないあたしの直感だけれども。

思考に耽っていると、何か声が聞こえたような気がして立ち止まった。ロージーくんは数歩歩いてから、立ち止まっているあたしに気付いて「ユキさん?」と声を掛ける。
さっきの声はおそらく──

『来テ』

やはり。霊の声だ。

「……ロージーくんは、聞こえた?」
「え?何を──」
『来テ』
「! また……」

あたしはぐるりと辺りを見回した。目に付いたのは、寂れた公園。

「? ユキさん?」

どうやらロージーくんはあの声が聞こえないらしい。

「……ロージーくんは、そこにいて」
「あ、はい……」


ロージーくんに指示を出したあたしは、無人の公園内へと足を踏み入れた。
一歩ずつ、慎重に足を踏み出していく。
霊気が少し感じ取りにくいな。
そう思い、あたしは目を閉じた。そして集中力を高めて霊気を感じ取ろうとする。
……近い……。

「ユキさん!」

驚いて目を開ける。振り向くと、ロージーくんがこっちに走って来ていた。

「あっ、まだ入ってきちゃ……」
「どうしたんですか?顔色変えて……!もしかしてユウレ──いッ!?」
「あ」

ロージーくんは、派手にこけてしまった。

「だっ、大丈夫?ロージーくん……」
「いたたたた……。……──う、わあ!?」

ロージーくんは恐怖の混じった叫び声を上げた。彼の顔からみるみる血の気が引いていく。あたしも『それ』に気付き、きゅっと唇を結んだ。『それ』は地面から突き出て、ロージーくんの足首を掴んでいる真っ白な手だった。白い手はわらわらと地面から生えてきて、ロージーくんの足だけでなく手までも掴もうとしてきてる。

「あわわわわわ……!」
「下手に抵抗しないでじっとしてて!」

あたしは魔法律書を取り出した。そしてロージーくんに駆け寄ろうとした。
が。あたしもこけてしまった。そのせいで書が手から離れた。見れば、あたしの足首もロージーくん同様白い手によって掴まれている。

「ッた…!こ、のっ!」

霊の手を振り払い急いで起き上がろうとしたが、それは無理だった。手は、あたしの足首のみならず手首までもがっちりと掴んでいた。ほんの数センチ先に落ちている魔法律書に、手が届かない。

「ユキ……さん……!」

あたしを呼ぶ半泣きの声に顔を上げると、霊の手がロージーくんを地面に引きずり込もうとしていた。

『来テ』

もう既にロージーくんの腹部まで引きずり込まれている。

『来テ』
『来テ』
『一緒ニ、来テ』

魔法律書もない……。
身体も、動かせない……。

またあたしは、無力だ……!


「魔法律第112条」

え……?

「『つれこみ』の罪により、『地獄土竜』の刑に処す」
「ム……」

ムヒョ……!

地獄に棲む土竜は、一つしかない目を光らせて土の中へと潜っていった。この無数の手の本体を倒しに行ったに違いない。
執行者はやはりムヒョだった。彼はくるりとこちらを振り返る。

「ヨォ。お手並み拝見させてもらったゼ、ユキ」
「……!」

また、だ……。
また、守られてしまった……。
結局執行人になっても、あたしはっ……!





「──まだまだだったナ」

あたしの向かいに座っているムヒョは口を開いた。
執行終了後、あたしとムヒョは事務所に戻った。ロージーくんはムヒョに言われて、そのまま一人で買い物に行った。
此処に戻るまでの間、あたしは始終無言だった。ずっと自分を責めていたのだ。

「何でテメェは執行人になったんだ?」

誰かがあたしの無力のせいで死んでいくのが嫌だったから、その誰かが亡くなる事によって傷付く人が現れるのが嫌だったから、そしてもう──守られてばかりは嫌だったから。強く、なりたかったから。

「執行人になったその決意が弱ェってんなら、執行人なんて辞めろ」

……決意は、弱いなんて事は決してない。強くなろうと思って必死に勉強して──だから、執行人の勉強をし始めてから僅か一年で執行人になる事が出来た。あたしの決意は、弱くない。

「魔法律書は死んでも放すんじゃねェゾ。それが決意の強さの表れだ」

だからもう、決して離さない。

「うん」

あたしは初めて声を発した。
それを聞いたムヒョは小さく笑い、机上のジャビンを手に取り読み始めた。

「ヒッヒ──今度会った時は、オメェの決意が強くなっているかどうか確かめさせてもらうかもナ」
「……あたしも、今度ムヒョに会った時は──ぎゃふんと言わせてやるから!」
「ヒヒヒ。出来たらの話だがナ」

そこにはもう、重い雰囲気なんて消えていた。かつての同期生同士の他愛ない会話。

──だけどその時は、またすぐ別の場所で会う事になるなんて思いもしなかった。





第5話:ムヒョのお説教(了)

舞雪/どり〜む/ふる〜つ村。


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