とびっきりのキスをしよう


 髪を、梳く指の太くゴツくたくましいくせしてその動きの、遠慮がちを通り越して恐る恐るとしたものなのに私は込み上げる笑いを抑え込むのに苦労した。

「ドイチュ君、キミ、私を甘やかすの上手になったねぇ」
「そうか?」

 少し照れて恥ずかしそうに頬を掻く仕草が可愛い。全力で可愛い。これ以上私の心をトリコにしてどうするつもりさキミは。

「うーん、そのまま頭皮マッサージしてみてくれない?」

 気持ちいいんだけど、半端にくすぐったいんだよね。
 そんな軽い気持ちで言ってみただけなんだけど、ドイチュ君はなんか難しい顔をした。

「すまないが、俺は頭皮のマッサージについては詳しく知らない」
「いや、なんとなく指先で押したり揉んだりするだけでいいから」

 頭固いなもー。キミの方がマッサージ要りそう。柔らかくしてあげようか。

「マッサージは正しいやり方でやらんと効果がないだろう」
「いいんだよ、私が気持ちくなれたら」
「――気持ちよく?」

 ――うげ、失言した。
 ドイチュ君の目を見ると……うわぁい、盛っちゃったやあ……ギラギラと熱い炎を湛えていた。

「ドイチュ君、落ち着いて。こういう時には鼻毛を抜くと落ち着くのよ。冷静になって、落ち着いて。――私そういう意味で言ったんじゃないの。私の言うこと、わかる?」
「ああ、わかっているとも」

 この、大ボラ吹きめが!

「押したり揉んだりして気持ちよくして欲しいのだろう?」
「キミの耳は思春期エイジ突入したての男子中学生の耳か!?」

 ドイチュ君のムッツリすけべぇ! だから童貞って嫌なんだ! ……いや、もう違うけどもさ。
 私の抗議にドイチュ君は耳を貸さず、その節くれだった指は私の首を這い背を這い脇腹を這い腰を這い――

「どこを触ってるのかなキ・ミ・は!」
「イロイロだな」

 主に柔らかいところを、と平気の平座でのたまう。ええい、どうしてくれようこの状況。
 ……そうだ!

「待ってドイチュ君、一つ条件があるの!」
「――何だ」

 獲物を目の前にした猟犬の顔でドイチュ君は私を見る。それにドキドキと感じるものが無いって言ったら嘘になるけど、今はそれ以上に悲しい。ああ、三分前の可愛らしい君はいづこ。

「あのね、私もキミがそーゆー気分なのに断るのも悪いかなーっとは思うの」
「なら」
「でも私まだその気になってないし! お互いの合意って一番大事だと思うの!」

 だから、と続けた私の言葉にドイチュ君は面白いくらい表情を変えた。

「だから、私がその気になるようなちゅーしてくれたらいいよ」
「ちゅー……キスか……」
「そうだよ、ちゅーだよ」

 ドイチュラント――ちゅーが下手な国民の集う国。つまり、ドイチュ君もちゅーが下手だ。私は初々しくて好きだけど。
 ドイチュ君の怯んだ今がチャンスとばかりに畳み掛ける。あくまで口調は柔らかに。

「あのね、ドイチュ君。片方がその気じゃないのに、もう片方が無理矢理やらしーこと最後までしちゃうのって強姦っていうと思うの」
「ぐっ……」
「それって犯罪だよね?」

 ね? とダメ押しの一言にドイチュ君はがっくりと肩を落とした。わー、かーわいーいなー。

「そうだ、な……法は守らなければな」

 ふっ、チョロイ。しっかり言質をとった私はにっこり微笑んだ。勿論ほくそ笑みは隠す。

「じゃあ、ちゅーしよう!」
「……ああ」

 ごくり、と喉の鳴る音は、せめて聞こえない振りをしてあげるよドイチュ君。
 ドイチュ君はさっきも言ったと思うけど、ちゅーが下手だ。いや、昔に比べたらだいぶマシなんだけどね。勢い込んで歯をガッチンガッチンぶつけられたド下手くそな頃に比べたら。
 じゃあ私はどうなんだ、っていうと上手い方? まあ下手じゃないかな。下手じゃ。
 ドイチュ君とのちゅーは好きだ。痛い思いをしないで済むようになってからは。……痛いのは嫌だよ。血の味のするちゅーは、うん、ねぇ?
 そんなことを考えていると、ドイチュ君の硬い皮膚をした手が頬っぺたに触る。

「ビラブド」

 許可を求めるように注意深く私の様子を探るドイチュ君に目を閉じて合図してみせる。
 本当はね、ちゅーそのものよりも、ドイチュ君、今のこの、唇と唇が触れ合うまでの間の方が好きだよ。近付く体温に焦れる。私、今すごくドキドキしてる。――そう言ったらキミは笑うかな?
 やっと触れ合った途端にせっかちにいっきにドイチュ君はぬるりと舌を突き入れる。でもしばらくはそのまま、動くこともなくて、十秒くらいしてからようやく動き出す。しかも妙にぎこちない。
 いつの間にかそのたくましい腕はガッチリと私の頭をホールドしているのに、せめてそれぐらいの積極性を舌でも発揮して欲しいよ。
 もどかしいにもほどがあるので、私の方も楽しませてもらうことにした。
 きゅうっとドイチュ君の舌に吸い付くと一瞬びくりと震えた。何をされるのかよーく知ってるからだろね。
 お構い無しに根元の方を唇で締め付けて真ん中辺りを甘噛みして先っちょを舌でもくすぐってみる。唾が溢れて口の周りがべとべとしてきたけど気にしない気にしない。
 イニシアチブは握っていても息が続かなくなるのは私の方が先だ。体力的に仕方無い話。
 ムキムキした胸を叩いて合図してどちらともなく離れる。はぁっと息を深く吐いた、その隙を狙って口許に、どっちのだかわかりゃしない唾液に吸いとる。

「っ!」

 とどめに厚い唇を一舐め。至近距離でまたにっこり笑いかけてあげる。

「どう?」
「……フェラチオされている気分だ……」

 うん、わざとやってるからね! とろん、と蕩けた顔で答えるドイチュ君のかわいいことかわいいこと。

「ところでビラブド、その気には」
「あのちゅーじゃ、なれないなぁ」

 きっぱり答えればドイチュ君は垂れた耳と尻尾が見えそうなくらいしゅんとしてしまった。
 嘘は言ってない。嘘は。ちゅーを楽しませてもらったけど、その気にはなってない。ただ、ちゅーした後のドイチュ君の反応に結構その気になってる。だって可愛いんだもん!
 好きな男の子にあーんなこととかそーんなこととかしてあげたいって思うのは女の子としてわりとフツーの考えだと思う。


「さ、悄気てないで次いこ次! 諦めたら上達しないよ」
「……わかっている」

 ぎゅうっと首にかじりつくように抱きつく。好きだよー好きだよー好きって言葉じゃ足りないくらい大好きだよー。

「いっぱいいっぱいちゅーしてよ。私がムラムラしちゃうまで」
「ムラムラ……」

 さりげなく燃料投下するとあっという間に燃え上がるエロファイヤー。いやあ男の子って単純。

「ちゅー!」
「ああ、わかっている」

 早くちゅーが上手になるといいね、ドイチュ君。私も楽しみにしてるよ。
 まー、私に"かわいがられてる"ってことに気付いたほうが楽な気もするけどね。
 ドイチュ君の手が頬を滑る。

「ビラブド」

 再チャレンジを楽しみにして私はまた目を伏せた。


 ――結局、ドイチュ君が私の服に手をかけたのは小一時間した後だった。

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自分が愛されてることを知ってる女の子は手強い。
ルー君と呼ぶべきか、ドイチュ君と呼ぶべきか。それが問題だ。
とりあえず学パラでなくてもよいのでドイチュ君で。ドイチュきゅん、はさすがにあれだから自重する。
2010/01/02

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