夏の朝
「あー、トーニョ君おはよう」
パタパタと走り寄るビラブドにアントーニョは爽やかに笑いかけた。キラリと光って汗が落ちる。
「オラ! ビラブドちゃん今日もかわええなぁ」
「あははははありがとう」
今日もよく晴れて青い空が眩しい。連れの出来た通学路の途中、ビラブドは目を細めた。
「やぁボンジュールビラブドちゃん今日も実にいいお天気だね。お兄さん可愛い子にはお花捧げちゃう。うちの庭に咲いてたやつだけど」
「わぁおはようフラン君、ありがとう! 赤詰草だね可愛い」
「ビラブドちゃんの方が可愛いよ」
「あははははありがとうね」
プチブーケ、というのも大袈裟な、二三輪の赤詰草を受け取り、フランシスお決まりの褒め言葉にビラブドは楽しそうに笑った。
花束は華やかなものではないが、切り口を湿らせる新聞紙が直接見えないように包装紙で綺麗に包み、レースのリボンで束ねたその気遣いの細やかさは流石である。
「喜んで貰えてこっちこそ嬉しいよ!」
「なんやお前今日は特に朝から元気やなぁ」
独り言に近いアントーニョの呟きにフランシスはよくぞ聞いてくれたとばかりに顔を輝かせ、空を指差す。
「あの雲をご覧」
「うん? 入道雲だね。ちょっと細いけど」
フランシスはこれ以上となく上機嫌で、美しい詞を読むかのように豊かな声で語った。
「あの雲【ピーーーー】みたいで、見てるとムラムラしてこないか?」
アントーニョは潰れた卵を見る目でフランシスを見た。
「ないわー、前々からないわないわ思てたけどそれはホンマないわー。しかも朝っぱらから道端でとかホンマ引くわー」
「フラン君、だから君『のーみそ腐乱死す』ってみんなに言われるんだよ」
「え、ちょっと待ってなにそのあだ名。陰でそんなこと言われてるの俺」
「あかんでビラブドちゃん。本人には内緒やみんなで約束したやん」
「あ、ごめんごめん」
衝撃の事実にちょっっっっっぴり傷付いたフランシスを完全に無視してアントーニョはめっやで、めっ! と軽くビラブドを叱る。
疎外感にフランシスはわっ! と涙して、目にも止まらぬ早業で取り出したハンカチに顔を埋めた。
「ひどいっ! みんなお兄さんの美貌に嫉妬して陰口ばかり叩くのね! ……だって仕方がないじゃない、お兄さんの人並みならない美しさは神様に愛されてる証拠だもの!!」
「どこまでも本気で言ってるように聞こえるのがフラン君の凄いとこだよね」
「どっちにしろツツキ回したいうざさやわぁ。
あんま見てたあかんでビラブドちゃん、アホうつるし」
一人盛り上がるフランシスを尻目にあくまで二人は冷静である。
「酷い! 俺達、友達だって信じてたのに慰めてもくれないのね!
そんなにお兄さんの純真な心をもてあそんで傷付けて楽しい!?」
「美人さんの涙って武器だよね。綺麗だと思うよフラン君。見惚れちゃうよ」
「泣かせたいんかい」
つんっ! とビラブドの頭を指先で押すアントーニョの言葉など聞こえない振りでフランシスは照れ照れと鼻の頭を掻いた。
「え、いやぁそれほどでもあるよ」
「ちょっとは謙遜しぃや」
今度はぺちん! とフランシスの頭を軽く叩いてアントーニョはビラブドの手を引き歩き出す。
「さ、ほなぼちぼち急ごか〜、あんま暑いとこおったらまたフランシスコの頭が茹だって腐敗進んでまうわ」
「そだね」
「ちょっと、ねぇ、二人とも俺が傷付かない人間だとでも思ってない? ねぇ」
スタスタとビラブドのペースに合わせつつも一切速度を落とさずアントーニョは歩く。フランシスの声など知らんぷりで。流留もそれに倣うのだからフランシスは堪らない。
「英語の予習終わった〜?」
「あー、やらなやらな思てたら目が覚めて朝やった」
「あれ、トーニョ君今日当たるはずじゃないっけ」
「そやねん、助けてくれへん?」
「お手伝いはしたげるけど丸写しは無しだよ」
「お願い! 俺を無視しないで!」
悲痛ささえ醸し出したフランシスの声にアントーニョとビラブドは顔を見合わせて吹き出したのだった。
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とりあえず夏に頭をやられた模様。書いた人は面白いと思って書きました。
のーみそ腐乱死すと言いたいだけなのは気のせいじゃない。
2009/08/17
(2010/01/02モバイル公開)
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