むにむに!


 ベールヴァルドは上機嫌だった。彼女とのデートが大成功したからだ。ビラブドもキャッキャッとベールヴァルドの腕に掴まりながら楽しそうに声を上げている。

「楽しかったー! でもちょっと疲れたね」
「大丈夫なんか?」
「うーん、足ちょっと疲れたかな。これそんなに踵高くないけど、やっぱりヒールのある靴は長いこと歩くのには向かないや」

 カツ、とフローリングを叩いて踵を揃える。ガタイのいい自分と小柄なビラブドを比べるのが間違いなのはわかっているが、それでもベールヴァルドにはビラブドの脚はあまりにも頼りなく映った。

「休んどれ」

 グググッと寄せられたベールヴァルドの眉間の皺がいつもより深いのにビラブドはああ、心配かけているのだな、と思う。ちょっと過保護にされてる気もしないでもないが。

(でもそれって愛されてるってことだよね)

 そこまで考えてビラブドはにっこりと破顔した。

「じゃあお言葉に甘えてごろごろしてちゃう」
「ん」

 いいこいいこと頭を撫でてベールヴァルドは台所の方に向かった。


 氷をたっぷり入れたアイスティーを二つ持ってリビングに入れば、ビラブドは宣言通りソファーの上でクッション抱えてごろごろしていた。

(めんげ)

 ほわわん気分でグラスを差し出せばビラブドはまた笑う。笑顔の多い子だ。そしてそれがよく似合う。そうベールヴァルドは思っている。

「ありがとう。生き返るねー」

 チュウチュウとストローに吸い付く。口紅にしては発色が薄いので、多分色つきのリップクリームだろう、それが少し剥げている唇が子どもっぽい見た目に反して色っぽい。

「もう大丈夫か?」
「うーん、ここの」

 と言って脚の外側、くるぶしから膝に向かう筋肉と筋肉の合わせ目があるとおぼしきところをビラブドはそっとさする。ベールヴァルドの脚ならばその合わせ目がくっきり見えるが、ビラブドのほっそりとして、多少の脂肪がふにりとのった脚ではほとんどわからない。

「あたりがちょっと強張っちゃって痛いかな」
「……」

 あまり日焼けしていないクリーム色の脚に視線が釘付けになる。はっきり言ってしまえばビラブドの下半身は発育不良である。脚にもメリハリは無く、美脚というにはだいぶ物足りない。しかしベールヴァルドにとっては可愛い彼女の脚である。そんな些細なことは煩悩に火を着けるのになんの妨げにもならなかった。
 触りたい。むにむにしたい。許されるなら頬擦りもしたいし、舌を這わせたりもしたい。脚だけではなくその付け根の、奥にも。

 ――したいならすればいいのだ。

 元来ベールヴァルドは忍耐強い男だが、今日この時はあえて我慢しなかった。
 ベールヴァルドが悪いのではない。ビラブドの脚が甘やかな、おいしそうな色をしているのが悪い。
 見事に脳内で責任転化しつつ、ベールヴァルドは手を伸ばしてビラブドの脚の筋をむにむにと揉みしだいた。

「うわぁ」

 びく、と一瞬脚が震えたが特に抵抗することもなく、ビラブドはその手を受け入れた。

「あ、それ楽。もっと力入れてもらえたらもっといいかも」

 言われて、ベールヴァルドはビラブドが筋を痛めていたのを思い出した。顔色を伺えば感謝の色が濃い。ベールヴァルドはちょっぴり途方に暮れた。……今更下心に唆されたのだなどとはとても言えない。
 開き直ってムニニムニニと両の親指の腹で少し強めにビラブドが痛いと言った辺りをマッサージする。

「ん、気持ちいいよ」
「……」

 ぴく。
 ベールヴァルドの手が一瞬止まったが、ビラブドは気付かなかった。むにむにを再開する。足首から上へ、上へ。ふくらはぎを通って膝のすぐ下までむにむにむににむににむに。一旦踝のすぐ上まで戻ってまたむにむにむにむにむにむににん。
 ビラブドの警戒がすっかり緩んだその隙を突いてベールヴァルドは柔らかそうな太ももに指を這わせた。

「きゃっ」

 ビクン、身を縮こまらせようとしたビラブドの動きをベールヴァルドの両の手が阻む。

「ちょっとベール君、やだやめっ」

 逃げられないように押さえつけながら、指の腹で白い内ももをなぞるとぶるりとビラブドの体が震えた。ぴくぴくと筋肉が踊ろうともがく様子が手のひらを介して伝わるのが楽しい。

「ん、もう!」

 べちん! と強く、とはいえじゃれ合いの範囲を越えない程度に額を叩かれる。

「ベール君! 私結構疲れてるんだけど」

 強い口調で言われてやっとベールヴァルドは動きを止めてビラブドと目を合わせた。むっすりと唇を尖らせているが、彼女の目の光はそんなに険しいものではない。

「もう、男の子ってばすぐこうなんだから。やらしくて困っちゃう」

 言われて、ベールヴァルドは自分の方が困っている、とでもいうようにいけしゃあしゃあと眉を下げた。ぐっとビラブドを抱き寄せると耳元で囁く。意識して低い声で。

「嫌?」

 脳を直接揺さぶるような極低音にジーンと痺れが走る。ゾクゾクと背筋を走るものを誤魔化すようにビラブドははぁっと溜め息を吐いた。その意図しない熱さに驚きながら腕をベールヴァルドの首に絡みつかせる。

「ずるいなぁ」

 クスクスと笑いながらビラブドは可愛らしい唇をちょっと強調するように顔の角度を変える。リップの色が落ちかけなのに気付いているのかいないのか。ジリジリと今すぐ自分の舌で全部舐めとりたい衝動に駆られてベールヴァルドは喉を鳴らした。

「さっきのもっとして。足の痛いの忘れるまで」

 子どものような顔をして、ビラブドは男をその気にさせる方法を知っている。少なくともわざと煽っているのは確かだ。第一これが全てなんのてらいもない自然な動作なら、その方が恐ろしい。
 悪魔のような、甘い声が耳を打つ。

「そしたらいいよ」

 聞くが早いかベールヴァルドはビラブドの脚へと手を伸ばし、一心不乱に揉みほぐす。

「男の子ってばホント、仕方ないよね」

 さらっと恋人の髪に指を通しながらビラブドは言う。
 でもそういうとこが好きだよ、と悪戯に囁かれてベールヴァルドはいっそう指先に力を込めた。

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あざとい羊さんとどっしりしたライオンさん。
羊さんはあざといので調理から給仕まで全部自分で計画します。
但し調理中にライオンさんも焦がすかもしれませんが。
下拵えをしっかり済ませたら美味しく召し上がれ。
2009/08/07
(2010/01/02モバイル公開)

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