秘密の図書室


 暑い、夏休みに入ったばかりのある日だった。図書室の解放日だが、その必要があったのか疑問に思うほど人がいない。
 ちょうど真面目な生徒は夏期講習に出席している時間帯だからだろう。それに図書室を利用するためにだけ学校にくるような読書中毒者は夏休みに入る前に借りた分の本がまだ残っている。
 締め切った窓ガラス越しに聞こえる蝉の声を聞いていたビラブドは、書架の間に思わぬ人物を見つけた。

「――あ、ベール君だ」
「ん? ……ビラブド」
 ベールヴァルドも意外だったのか、少し驚いたような顔をしていた。
「ベール君もご本借りに来たの?」
「ん……」

 言葉少なに頷くベールヴァルドに、美人だな、とビラブドは思う。
(ここが図書室でなけりゃなぁ)
 本の保護のためにブラインドの下りた図書室でなければ、陽の光はベールヴァルドの金の髪や白い肌がいっそう映えるように照らしただろう。色素の薄い、水色の瞳も。
(――ってそれはさすがに眼鏡が邪魔か)
 美人は陽光の下で鑑賞するのが一番だとビラブドは信じている。次点は暗い部屋のベッドランプだ――但し、対象は恋人に限る。


 ベールヴァルドはたくましい体をしている。ビラブドは制服の下に隠されている部分を盗み見たことはある。水泳の授業中に、なら。
(もっとちゃんと見てみたいなあ)
(きっとものすごく、セクシーだ)

 加熱する思考を隠すようにビラブドはそっと目を伏せた。
 ベールヴァルドとそういう関係になってもいい、とは思う。きっとお互いに優しくしたり甘えたり、激しくはなくても長く続く蜜月関係を築くことはできるだろう。
 だけど「どうしてもベールヴァルドでなければダメだ」とはとても言えない。
 もう一歩、熱が足りない。
 冷房の効いた図書室はつい今しがたまで自転車を漕いでいたビラブドには少し肌寒い。汗が冷えてぶるり、震えたビラブドをベールヴァルドは見逃さなかった。

「ん? おめ、寒いんか?」
「すぐ慣れるよ」

 笑みを浮かべて答えるとベールヴァルドは少し考え込むようにした後で、
ビラブドににじりよった。

「……ベール君?」

 ――近い。
 思わず息を呑んだビラブドの反応が僅かに遅れる。気付いた時にはベールヴァルドの手が頬に押し当てられていた。つたい落ちる汗の雫を追うように冷えた首筋に滑る。
 その温もりに肌が粟立った。

「ベール君、誤解されるよ」
「誤解?」

 じっと見つめてくるベールヴァルドの目に妙な熱さを感じて、ビラブドの心臓はいっそうざわめいた。
 一歩ベールヴァルドはビラブドに近づく。ビラブド同じだけ後ろに下がる。もう一度同じことを繰り返せば、ビラブドの背中は本棚にくっついていた。
 退路は無い。ベールヴァルドの脇をすり抜けていかなければ。――本気で逃げる気も無かったが。
 また一歩ベールヴァルドが近づく。呼吸に合わせて上下するビラブドの胸がベールヴァルドの胸と触れ合うぐらいまで。

「誤解されるよ」

 二人とも目は逸らさない。殆ど見上げる形のビラブドを、殆ど覗き込む形でベールヴァルドは見つめる。

「誤解でね」

 低い声が届いたのと同時にビラブドはまたぶるり、震えた。

(あつい)

 思考が熱に浮かされる。

「それってさ」

 ベールヴァルドの指先からドクドクと血の巡る音を聴きながらビラブドは尋ねる。

「自惚れてもいいってこと?」

 ドクドクと、自分の血の巡る音を聴きながら殆どわかっている答えを待つ。ほんの一瞬の間を長く長く感じながら。

「そだなぃ」

 そっと頬の、ベールライヴァルドの手に自分の手を重ねてビラブドは笑った。

「嬉しい」

(私、この人がいい)

 ふっくらとしたビラブドの唇をベールヴァルドの親指が柔らかく押す。ビラブドは手を伸ばしてベールヴァルドの眼鏡のフレームを摘まむ。するりとベールヴァルドの視界が不鮮明になる。ベールヴァルドは身を屈める。ビラブドの腕がベールヴァルドの首に絡む。


 セミの、アブラゼミのジージーと鳴く音の煩い、よく晴れた夏の日だった。

************

最初その気は無くても向こうに直球ストレート投げられると案外綺麗にストライク取られそう。
キスする前に唇を撫でるのはエロス。眼鏡を外すのもエロス。
スーさんは極限にかっこいい男に書きたい。
2009/11/14
(2010/01/02モバイル公開)

[*前へ][次へ#]

あきゅろす。
無料HPエムペ!