ヒュルリラ!


 四月である。新学期である。ていうか春である。ならば花見である。異議も疑問も認めない。
 というわけで、一年生も二年生も雁首揃えてのドンチャン騒ぎin学校の裏庭(なんか下手な寺社並にやたら桜が綺麗)〜ドキッ☆なんで進級してないのかは突っ込んではいけないお約束〜なお花見はのっけから大盛況に始まっていた。

「ヴェー! サクラきれいだよサクラー!」
「うんうん、こっち日当たりが悪いから逆に花が長持ちして丁度いいなぁ」

 フェリシアーノも桜を見るのは初めてではないが、やはりいつ見たって桜はいい。ソメイヨシノ素晴らしい。
 その時ふっと偶然にフェリシアーノの手の平の上に花びらが一片舞い落ちた。

「ヴェ」

 しばしば花びらをじっと見つめていたフェリシアーノだが、やがてジーンと感動に震えだした。
 フェリシアーノの脳に、桜を歌った歌が蘇る。

「ビラブドくん! これがヒュルリラなんだね!」
「そうだ、これがヒュルリラだ!」

 二人してテンションがおかしいのは仕方がない。普通じゃないから桜なんだもん!
 フェリシアーノはいつもより更にアクセル前回で破顔する。

「ヒュルリラ!」

 ビラブドはどっしりと頷く。

「ヒュルリラ」
「ヒュルリラヒュルリラ!!」
「ヒュルリラ」

 二度ヒュルリラを繰り返したフェリシアーノは、そして感極まって両手を上げて三度叫んだ。

「ヒュルリ〜ロ・ヒュルリ〜ラ!!!」
「ヒュルリーラ!!!」

 ビラブドもつられて叫ぶ。春なのだ。桜なのだ。浮かれずにいられる日本人などまずいない。勿論ここまでイっちゃえるのはまずいないにしても。

「なんであそこヒュルリラだけで会話してるんだ」
「わからん。あの二人が揃うと――というかフェリシアーノ一人でも頻繁に理解不能な行動をするからな」
 少し離れたところで、アーサーとルートヴィヒの比較的真面目な二人はどんどんにどん引いていた。
 浮かれ騒ぐ二人を見ては首をひねる二人の後ろで、ザッと地面を踏みしめる音がする。

「まだまだわかっていませんね、お二方」
「菊……?」
「日本に生きるということは、春のうららに浮かれ、桜の咲く様に歌い、また散りゆく様に酔いしれることなのです」

 蹈々と語る菊に、しかしアーサーは誤魔化されはしなかった。

「恰好良くいってるけどお前それただの頭が春な人間じゃないのか?」
「春だから仕方ありません。春なんですから」

 言った、言い切ったぞコイツ。
 真面目な二人が戦慄くのも気に留めず、菊は浮かれた二人に近付いていった。そのままとんとん、と空いた左手でフェリシアーノの肩を叩く。

「? ヒュルリラ?」

 人語を話せ、とアーサーとルートヴィヒが心で突っ込んだのとほぼ同時に菊は団子を差し出して小さく笑った。



「ヒュルリラ」

 ――! ! !



 その場にいた全員の視線を集めながらも菊は平然としている。流石は日本人、祭りとなると普段とノリが違う。全く違う。酒も入っていないのにすっかり出来上がっている。
 フェリシアーノは大喜びで菊に飛び付いた。多少よろけはしたものの、菊はどうにか踏み留まる。勿論団子は落とさない。

「ヴェー! ヒュルリーラ!!!」

 謎の言語でさえなくば感動の光景にビラブドはしみじみと頷いた。

「ヒュルリラヒュルリラ」
 早速団子をパクつきだしたフェリシアーノを孫を見るめで見つめていた菊だが、ふっとビラブドの方を向いてちょっと首を傾げて手で湯飲みを持ち上げる動作をした。

「ヒュルリラら?」

 意味を理解したビラブドはチラッとフェリシアーノを見て答えた。

「ヒュルヒュルリ〜ラ〜」
「ヒュルリラ」

 すぐさま菊は煎茶の入ったポットの方へと歩きだした。その手に取った湯飲みは二つ――フェリシアーノとビラブドの分である。
 上機嫌なビラブドのその背中をばーん! と何者かが力強く叩いた。

「ぐはっ!?」

「ビラブドー! 俺だってヒュルリラなんだぜ! ヒュルリラの起源は俺なんだぜ!」

 二歩三歩と勢いに負けて進んだビラブドは怒りとともに振り返り、しかしヨンスの姿を認めた途端に表情を緩めた。

「ヒュルリラ?」
「ヒュッヒュルー!」

 がっちりとビラブドの腕に抱きつくヨンスの頭を、仕方がない、と甘い顔をしながら撫でてやる。
 どうだっていいが、どう見ても男女逆だ。

「ヒュルリラ〜ヒュルリラ〜」

 フェリシアーノのはそんな二人の周りを回ってみる。意味など無い。必要も無い。だって――春なのだ。
 幸せ気分はどんどんと感染していく。

「ヒュルリラやんなぁ〜」
「お前まで毒されてどうすんだヒュルリラー」
「お兄さんもヒュルリヒュルリラ」
「ヒュルリラ」
「ヒュルリラ!」
「ヒュルリラヒュルリラヒュルリーラー」
「ヒュル〜」

 重ねて言うが、酒など一滴も入っていない。
 気が付けばヒュルリラだらけの宴会に、ルートヴィヒは深い溜め息を吐いた。いつの間にかアーサーもアルフレッドやフランシスとヒュルリラヒュルリラ言い合っている。

「全く……誰も彼も浮かれすぎですね」

 よく聞き覚えのある声にルートヴィヒは振り返った。数少ない常識人の存在に、ルートヴィヒは心の中で神に感謝の祈りを捧げた。

「ローデリヒ……」
「あちらをご覧なさい」

 ポコッと湯気を立ててローデリヒは自分の来た方へと視線を向けた。
 そこにはいつも通り高笑うギルベルトの姿がある。いつもと異なるのはただ一点。

「ギルベルトの高笑いがついに『ヒュラララララララ』になりました」
「兄貴……」

 なんか色々残念な兄の姿にルートヴィヒはがっくりと肩を落とした。いや、ギルベルトが残念なのはいつものことなのだが。
 軽くずれた眼鏡を上げながらローデリヒは不満げに語り出した。

「確かに心踊る情景ですが楽しければよい、と言うものではないでしょうに。ひらりと舞い落ちる花弁の一片一片の美しさの裏にある儚さや、転じてこの世の中のうつろい易さを感じる情感というものはないのでしょうか。大体ギルベルトだけではありません。フランシス、あの方は毎度毎度――」

 ノンストップローデリヒにルートヴィヒはたらりと背に汗の滑り落ちていくのを感じた。

(しまった、要らんスイッチが入っていたか)

 ローデリヒはなかなか感情が表情に出ない。だからルートヴィヒもローデリヒの怒りに気付くことが出来なかった。いや、普段ならば気付いただろう。兆候は確かにあった。

(そういえば湯気を立てていたな……)

 ローデリヒがこうなるとしばらく止まらない。逃げ出そうとすれば説教が一・二時間ほど加算されるだけである。

「――そもそも、花見というのは本来ゴザ、つまりは神の座る蓙で神とともに――」

 気が済むまで耐えるしかないか、と観念したルートヴィヒだが、解放の時は意外に早く訪れた。

「ローデリヒさん」
「おや、エリザベータ。どうかしましたか?」

 永遠に続くかに思えた長いご口上をあっさり取り止めてローデリヒはエリザベータと向き合う。ルートヴィヒは心の底からエリザベータに感謝の念を送った。
 エリザベータはこの春のうららにふさわしい、やわらかな笑顔を浮かべて囁く。

「ヒュルリラ♪」

(エリザベータ、お前もか!)

 がっくりと肩を落としたルートヴィヒに見向きもせず、ローデリヒはじっとエリザベータを見つめた。
 無言のまま突き刺さる視線にだんだん恥じらいに赤くなり、うつむいたエリザベータのキラキラと陽光に輝く髪にローデリヒの手がスッと伸びる。
 わけがわからずにきょとん、としたエリザベータの顔の前にローデリヒは桜の花弁を摘んだ指を見せる。エリザベータの知らぬ間に、彼女の髪と絡んでいた花弁を。
 そうっと緩やかな風にその春の欠片を乗せて、ローデリヒは微笑した。ほんのり頬が赤くなっているのは、やはり照れという他はない。

「ヒュルリラ」
「! ヒュルリラ!」

 あっさり寝返ってエリザベータとまったりヒュルリラるローデリヒにルートヴィヒは胡乱な目を向けた。
 いや、まぁわかる。気持はわかる……可愛い恋人未満(何故二人が正式に付き合わないのかは学園七不思議の一つだ。)にあんな風に笑いかけられたらついうっかりそっちに転んでしまうのはわかる。でもちょっぴり寂しいのはどうして?
 ルートヴィヒ・バイルシュミット。彼女いない歴16年弱。只今絶賛片思い中。報われる気配は、無い。

「ヴェー、ヒュルリラー」

 のすっ、と後ろから飛び付かれてルートヴィヒはたたらを踏んだ。誰の仕業かなど言うまでもない。
 文句の一つも言おうとしたルートヴィヒは、いつの間にか自分が囲まれているのに気が付いた。
 背中にヨンスをはっつかせたビラブドがずいっと一歩輪の中から踏み出す。

「ヒュルリラララ!」

 途端にヒュルリーラ! ヒュルリーラ! ヒュルリーラ! と周り中から手拍子付きで向けられるプレッシャーにルートヴィヒはたじろいだ。とりあえず、一番前で一番ノリノリなギルベルトは今晩夕食を抜きにしようと心に決める。
 囃しが急に小さくなっていく。ジッと自分を見つめる、期待のこもったニヨニヨ顔に、ルートヴィヒはついに屈した。

「ひゅっ……ヒュルりラ」
 恥ずかしさに裏返った声に歓声が沸き上がる。

「ヒュルリラー!」
「ヒュルリラララー!」


 こうしてヒュルリラだらけの花見は無事にヒュルリラヒュルリヒュルヒュルリロラヒュルリララ。ヒュルリラヒュルリラ。
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色々ごめんなさい。春だってことで見逃してください。
'10/04/06

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あきゅろす。
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