蛇と王様


「ハハハハハ俺を讃えろ、羨め、祝福しろ!」

 今日は今日とてまた一段と絶好調に高笑うプロイセンに、男達はにこやかに微笑んだ。

「おめでとうよプロイセン。後でケツ貸せ」
「おめでとうなプロイセン。後でつつかしてもらうでー」
「おめでとうプロイセン。後でシベリア行ってもらうね」
「おめでとうプロイセン! 後で新兵器の実験に付き合ってもらうぞ」
「まずはめでたいと言わせてもらおうプロイセン。代わりに百発とチーズを打たせてもらいたい」
「おめでとうよプロイセン。めでたいついでに今すぐドーバーに沈みやがれ!!」

 悪意に恨み辛みに満ち満ちたその呪われた祝福にすらプロイセンの機嫌を損ねることは出来ない。寧ろ嫉妬に燃える男たちの視線に、プロイセンの優越感はいっそう高まった。

「ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ――」

 げっほげほごほごほ……!

 ついに噎せ返った背中を、すかさずクリーム色の――黄色人種であることを考慮すれば、充分に白い――手が摩った。

「あの、大丈夫ですか……?」

 緑の黒髪、花弁の唇。赤い着物に引き立てられて象牙色の肌はいっそう輝くように見える。「ヤマトナデシコ」の代名詞として世界の国々に知られる彼女の名はビラブド。日本の妹である。
 ビラブドがプロイセンに触れた途端、男たちの殺意は膨れ上がった。

「ごほっ……ああ、悪い」
「いいえ、他ならぬぷろしあ殿のためですもの」

 ほんのりと桜色に頬を染めながらそんなことをいうビラブドに、プロイセンの頬も同じ色になった。

「ハ、ハハハハハまあお前は俺の彼女だしな!」
「……!」

 かあぁと耳まで赤くなって顔を手で隠したビラブドに、プロイセンは心臓の動悸が激しくなっていくのを自覚した。

「な、なんだよお前。さてはそんなに俺が好きか!?」
「はい……」
「!!!」

 てっきり恥じらいのあまり否定すると思っていたのに、肯定されてプロイセンは言葉を失った。
 俯いていたビラブドがゆるゆると顔を上げる。大きな黒い目に映る自分の姿にプロイセンは惹きこまれる。
 じっと見つめあいながら、プロイセンはビラブドの繊手をしっかと握り締める。陶器のようだとさえ思っていたそれは、しかし、確かに血の気の通ったものでほのかなぬくもりを持っている。しっとりと湿った感覚がこの娘も緊張しているのだとということをプロイセンに教える。

「ビラブド……」
「ぷろしあ殿……」


 もはや余人には立ち入れないザ・ミラクルロマンティックピンクスウィートワールドを形成した二人に、男たちの醜いどす黒い感情は加速度的に深く大きく成長していく。
 ――そう、プロイセンが得意満面に笑っていたのも、男たちが歯噛みして悔しがっているのも、全てはつい先日プロイセンの告白が成功し、ビラブドと付き合うことになったからである。

「ヴェー、ビラブドちゃんがー! 俺狙ってたのに……」
「泣くなイタリア、俺も泣きたい」

 涙と鼻水の世界地図をドイツの肩に描くイタリアをなだめながらも、ドイツもまた酷く落ち込んでいた。よりにもよって初恋の相手を親戚に取られた彼のショックは誰よりも大きい。返してくれ俺の純情と言わんばかりだ。
 べしゃっ! とその後頭部に柔らかい何かがぶつかって破裂した。独特の青臭いにおいと赤い粘液がその場に広がる。怒る気力もないドイツは虚ろな目で攻撃者を振り返った。

「イタリア兄……トマトは止めてくれ、トマトは」
「うるっせーよチクショウお前もっとちゃんと自分の親戚の首に縄つけて余計なことしないように見張っとけよこの芋頭! デンプンが溜まりすぎて腐敗しだしてんじゃねえのかアァ!?」
「お前、よりにもよってあいつがうまくいくと思うか?」
「ばか言え、可能性が皆無に近いところをうっかり逆転しちまうのがあの笑い芋だろうがビールでプリン体取りすぎて脳みそまでプリンになったのかよこの間抜け!」

 お互い、なにかとってもプロイセンに失礼なことを言い合っている自覚は無い。
 ドイツは勝手に動き出しそうになる拳を根性で抑えた。よりにもよってこの兄弟には間抜け呼ばわりはされたくない。
 少し離れた所ではフランスが日本に盛大に抗議していた。

「日本! お前はいいのか!? 可愛い妹があんなプーに誑かされたのを黙って見ていて!」
「別に私はプロテ……プロセ……ぷろ、プロシアさんに不満はありませんよ。あの人には恩も誼もありますし。
 大体、ビラブドだってもういい大人です。彼女が選んだ人ならよっぽどでない限り文句はつけませんよ。人の恋路に口を出して馬に蹴られたくはありませんからね」

 あんたよか幾らかマシだし、とはさすがに口に出さなかった。
 これで同じことを言ってくるのは一体何人目だろう、と数えながら、ぎゃんぎゃんとまだまだ吠えてくるフランスに投げ槍に対応する日本の目は、投げた槍よりもっと遠い。


 日本は知っている。ビラブドがプロイセンを選んだのではなく、プロイセンがビラブドを選ばされたことを。
 日本は知っている。ビラブドがもう150年も前からプロイセンを慕っていたことを。
 日本は知っている。ビラブドがプロイセンの気持ちを振り向かせるために、慎ましやかながらじわじわと影に日向に自分をアピールしていたことを。

(我が妹ながら……恐ろしい……)

 日本は知っている。――ビラブドが、プロイセンに対して危害を加えた者にささやかな報復を行っていたことを。
 例えば女性といい雰囲気のフランスに偶然を装って声をかけ、更には眩暈を装ってしなだれかかったり、例えばイギリスの自信作のスコーンを口に入れた途端に意識を失った振りをしたことを。

(……いえ、イギリスさんのは演技ではありませんでしたか)

 国が変わろうと女は女。一旦その気になってしまえば策を弄するのは男よりも得手なのだ。だというのに、欧州諸国ときたらどれだけ「ヤマトナデシコ」に幻想を抱いているのか。あんたら人の家の恋愛事情を遅れてるだのシャイだのなんだの言ってる割にちょっとチョロすぎやしませんか、とか言いたくなるくらいだ。

 ――まあ、二人が幸せならばいいのだ。裏に何があろうとプロイセンが気付かなければいい。


 いまだに大正浪漫かそれとも中学生日記かと言わんばかりにただひたすらに見つめ合う、二人の前途よ明るかれ! と日本は祈った。



(ここは楽園、あなたは王様、私は蛇。

――あなたの幸せは私が守る。)


2008/12/22企画提出。12/24サイト公開。
(2010/01/02モバイル公開)

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