恋に落ちたら
以下、シー君ラトちゃんの「首触ってもいいかな?」発言より。
一年生。メリカはまだ中等部。
ビラブド君は高等部からの編入なのでメリカを知りません。




「ビラブド君ってアルフレッド君に似てるね。首触ってもいいかな?」

 唐突なイヴァンの発言にビラブドはパチパチと目を瞬かせた。聞き覚えのあるような、けど聞きなれない名前に頭を総動員させると、やっとそれらしい該当人物に突き当たる。

「……アルフレッド? って、あー、アーサーの弟だっけ?」
「うん、そうだよ。今中等部にいるんだ。とっても元気のいい子だよ」
「へー」

 どちらかというとアルフレッドよりはギルベルトに似ているのかもしれない。そう、思うこともあるのだけども、明るさ加減が似ているのだ。アントーニョやフェリシアーノ達とはまた少し違う、どこか傲慢で狭窄的でさえある輝き方が。それがイヴァンの、癇に障る。
 ビラブドが誰かと笑っているのを見るとジリジリと焦がすような苛立ちが生まれるのだ。不快にさえ近い。その上いつも人の中心で輝いているのだから視界に入れないことさえ難しい。

「なぁイヴァン」
「うん? どうしたの?」

 いつの間にか制服の首元を軽くくつろげていたビラブドを振り返ると、彼女はトントンと中指で自分の喉を突付いた。甘やかなクリーム色のそこは細くて、そういえば女なのだな、と再認識させるには充分だ。
 ぼんやりと眺めていると、ビラブドの続く言葉に驚いて目の覚めるような心地がした。

「首、触らないのか?」
「いいの?」

 目を瞬かせながら尋ねると、ビラブドは小首を傾げた。

「お前が自分で触りたいっていったんじゃないか」
「うん、そうなんだけど……」

 まさか、本当に触らせるとは思わなかった。
 どうしようかとイヴァンは一瞬悩んだが、しかしビラブドの首は柔らかそうで酷く心を惹かれる。

「そうだね。じゃ、遠慮なく」

 手袋を外して――なんとなく、素手でないと惜しい気がしたのだ――そっと両手を添えてみるとビラブドちょっと甘えるように擦り寄ってきた。猫を思わせる仕草にイヴァンの目も細くなる。

「あったかいね、君の首」
「んー、お前結構手、冷たいな。手袋外したとこなのに」
「……そうだね」

 寒いのは嫌いだ。暖かいのがいい。いつもいつもそう思っていた。今でもそう思っている。他人の暖かい家庭や、仲良く友人達と笑っているのを見るとそこに混じりたいと思う。混じれないのがどうしても納得できない。悔しくて悲しい。
 暗い考えに囚われそうになってイヴァンはそれをどうにか振り払った。

「ねぇ、本当に良かったの? 僕に首触らせて」

 心の底からの疑問を口に出せば、ビラブドまた小首を傾げてそれこそ疑問だ、という顔をする。

「なんで?」
「考えないの? このまま首絞められるとか」
「なんだそれー」

 はは、と笑われてロシアは理解した。アルフレッドやギルベルトに似ていると思ったのは間違いではない、が、フェリシアーノやアントーニョ達もなんだかんだで混じってる気がする。今の笑い方なんか特にアントーニョそっくりだ。
 要は、そう、つまり。

(……無防備すぎるよビラブド君)

 空気が決定的に読めていない。イヴァンの敵意に全く気付いていなかったわけだ。いや、薄々そんな気もしていたが。心の中でイヴァンはがっくりと肩を落とした。殆ど一人で空回り状態。これはもうアーサーやギルベルトを笑えない。
 人の心も知らずにビラブドは楽しげに声を上げた。

「なんかくすぐったいな」
「そう?」
「んぅ、ちょっと気持ちいい」

 半ば伏せられたビラブドの睫毛がふるふると揺れる。髪と同じく、モンゴロイド特有の黒さのそれは、季節がらまだあまり日に焼けていないバター色の――同じ黄色人種同士なら十分白といえる――肌によく映えて、一本一本がくっきりと見える。イヴァンのような金髪ではきっとこうはいかない。
 どこか微かな笑みを含んだまま表情を動かさないその様子はまるで日本人形のようだ。そう思い始めると、なんだかんだで黙ってさえいれば美少女に分類されるのだと気付く。
 ビラブド本人は自分の体格のよさから「規格外」扱いしているが、イヴァンたちにしてみれば母国に帰ればもっと体格のいい女性は山ほどいるし、そしてそんな女性達だって充分魅力的だ。日本の女性達はみんな華奢すぎて、イヴァンからするとうっかり壊してしまわないか心配になってくる。――そう考えると実はビラブドは結構いい線いくのかもしれない。プロポーションもスレンダーだが、しっかり脂のっていて中々セクシーだ。

「なんかな」

 とりとめもないことを考えていると、ゆっくりとビラブドの赤い、少し荒れた唇が揺れた。

「ドキドキする」

 ――ドクリ、とイヴァンの心臓が激しく動き出す。
 ざわざわとざわめく胸に予感めいたものを感じて、イヴァンはビラブドの、美しいというに値する顔を見る。

「ビラブド君」
「なんだよ」
「もっぺん笑ってみせてくれる?」
「んー?」

 眠たそうにも眩しそうにも見える仕草でゆるゆると笑う、ビラブドのそんな様子に少しは心を許されているのか、と思うとイヴァンの体温はまた上がる。

「変なヤツー」

(ああ、そっか)

 イヴァンは唐突に悟る。ビラブドが誰かと笑っているのを見るとジリジリと焦がすような苛立ちが生まれるのも、気付いたらいつも視界に入っていたのも、露わになった首から目を離せなかったのも。

(嫌いだからじゃなくて)

 理解した途端に全身を痺れるような甘い熱が走っていく。特に症状の酷い両手を、惜しいと思う気持ちごとビラブドの首から引き離す。

「ん? もう終わりか?」
「うん、ちょっと用事を思い出してね」

 きっと今、自分の頬は赤くなっている。元々赤ら顔なのをこのときばかりは感謝してその場を立ち去る。

「またな」

 耳に届いた、多分なんの意図も存在しないだろう言葉に揺さぶられながらイヴァンはどこかへ――とりあえず誰もいない方向へ急ぐ。変に歪みそうになる口元を手で覆って、そこ残ったビラブドの体温にまた動揺する。

 やわらかな、あたたかい、あまそうな首。ビラブドの首。ビラブドの肌。ぬくもり。
 そんなものが頭から離れない自分に、イヴァンは、自分がもう後戻りできないことを理解した。


 ――ドキドキ、した。

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ろっ様は自分に敵意を持たない明るい子は好きなんじゃないかと妄想してみた。
ドキドキする、はビラブド君の超必殺技ですが、どれだけ威力があるのか本人ちーっとも気づいてません。
似たような技で少なくともロマーノと韓国とギリシャとスーさんを落としました。人選は私の趣味。
あと、別の技で落としたのも何人か。
2008/11/09
(2010/01/02モバイル公開)

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