愛しくも残酷な君


 目眩とともに俺は溜め息を吐いた。今日も暑いから、ではない。
 自宅にビラブドがいる。それはもう慣れた。(どうやらいつの間にか兄が合鍵を渡したらしい)
 居間のソファでビラブドが寝こけている。まぁ、ままある話だ。(この際、それがいいか悪いかは置いておく)

 ――問題は何かといえば、カッターシャツがスボンから完全に出ている。つまり腰やら腹やら臍やらがチラチラと覗いていることだ。
 おまけにべったりとかいた汗のせいでシャツが肌に絡み付いて下着が透けている。

(……今日は水色のボーダーか……)

 などと不埒な考えた俺をあまり責めないで欲しい。俺だって女性の下着に人並みぐらいの興味はある。
 まして、ビラブドは人並みのレベルを軽く三段跳びで超越した美少女なのだ。――女物の服を着せた上で口を開かず、じっとしていたら。
 放っておくとやましい方向へ傾く思考を紛らわせようと髪を荒く梳く。朝にはしっかりセットしておいた髪がバラバラと解れて落ちてきた。

 とりあえず腹を冷やしてはいけない、と二階からタオルケットを持って来て、腹の上にそっとかけてやると、心なしかその表情が柔らかくなった気がして俺はまじまじとその安らかな寝顔を眺めた。

 認めよう――ビラブドは確かに美人だ。
 寝顔を見ればよくわかる。すっと通った鼻筋。黒いせいかより長く多く見える睫毛。日本女性としては少し太いめで整えられた眉はビラブドの中性さを一層強くするが、顎から首へのすっきりしたラインや、ふっくらとした唇がやはり女性なのだということを強調する。
 ビラブドのバター色の肌を汗が伝っていく。顎から首を伝っていったその滴は、やがてはシャツの中へ――恐らくは胸の谷へと消えていった。

「ぎる……?」

 いつの間にか下着の透けて見える膨らみを凝視していた俺はギクリとビラブドの顔をみやった。
 ビラブドはうっすらと開けた目を眠たげに擦りながらまた呟いた。

「ぎる」

 ビラブドは、俺の一つ年上の兄のクラスメートであり、当人達は何故か互いの好意を否定するが、恐らくは恋人まで秒読み状態だ。
 あれだけ密着しておいてただの親友だなどと言い訳は聞かない。どれぐらいかといえば、俺とフェリシアーノより酷いぐらいだ。――ビラブドは脱がないが。

「俺はギルベルトではない――ルートヴィヒだ」
「ん……」

 わかったのかわかっていないのか、頷いたビラブドは続いてポツリと呟いた。

「あつい」
「だろうな」
「でもおなかさむい」
「そんな格好で寝るからだ」
「さすって?」
「……」

 ――何の試練だこれはっ。
 ビラブドには致命的な欠点が二・三ある。その一つがこれ――つまり、寝起きが悪い、というより寧ろ寝ぼけが酷いことだ。
 少なくとも目が覚めてから意識が覚醒するまで十数分のタイムラグが生じる。
 俺の家で目を覚ましては自分の家と間取りを間違えてフラフラと壁に激突することもしばしばだ。
 そう、寝ぼけているのだ――だからまともに相手にしない方がいい、とはわかっている。わかっては、いるんだ……

「ねぇ、さすって」

 クン、と服の端を摘まんで俺を見上げる、その目を見たのが悪かった。捨てられた子犬のような目に――ましてや相手がビラブドであるからには抗がえるはずもなく。

「ぎる」
「――ルートヴィヒ、だ」

 俺は観念してタオルケットの中のビラブドの剥き出しの腹に手を伸ばした。――まぁ、これくらいの役得は許されると思いたい。
 ビラブドの腹は、一般的な女性よりは随分鍛えられている。とはいっても、俺は勿論、フェリシアーノに比べれば脂が乗っていて柔らかい。(何故俺がフェリシアーノの腹の感触を知っているのかなど聞かないでくれ、気が遠くなる。)
 筋肉の上の薄い脂肪を恐る恐る指先で揉んでみる。心地よい感覚に思わず俺は唾を飲んだ。

「ん、キモチい……」

 とろとろと、このまままた夢の世界へ落ちそうな顔でまどろむビラブドの、そんな言葉に一々ドギマギさせられる自分の至らなさが歯がゆい。
 うっとりと目を細めて、ビラブドは愛しげに呟いた。

「ぎるぅ……」

 だから俺はギルベルトではなくルートヴィヒだと何度言えば理解してくれるのか。
 全身を襲ったやりきれない感情に、それでもビラブドを潰さないように気を配りながら俺は上体を倒してビラブドの肩口に頭を埋めた。

 清潔な石鹸の匂いに混じって、甘い体臭が鼻をくすぐる。鼻先を首筋に押し付けると、一層匂いは強くなる。

「ぎる?」

 これぐらいは、まだ、許されて然るべきだ。何故なら今なら奪うことも容易い、夢にまで見たその唇は、どれだけ願っても俺ではなく兄の名ばかりを呼ぶのだから。

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というわけでムッツリ苦労ちょっとオイシイ切ないドイツです。
男二人の住まいで無防備なビラブドくん。ビラブドくんである必要があるのかって? 他の何処にこんな無防備極まりない娘さんがいるよ。
人種が違うから白い肌とは言えない……勿論、日本人の目から見たら日に当たらない部分は白いよ。案外インドア派だから。
ルートヴィヒ君の最大の不幸はこの無自覚フェロモン垂れ流しマシーンに出会って耐性作る暇なくフェロモニック・スマイルに晒されたことです。
2008/10/15
(2010/01/02モバイル公開)

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