祭の夜に 浅い、発泡スチロールの水槽の中を、小さな赤い魚が右へ左へと泳ぎ回っている。 其れを必死の表情を浮かべて、水に沈めたポイで追いかけている啓介。 ・・・を、涼介は呆れたように見つめている。 きんいろに脱色した髪はワックスで逆立ててあり、額にかかった僅かな房が真剣な色が浮かんでいる目にほんの少し影を落としている。 流行なのだろうか、啓介が何処かから調達してきた浴衣は渋い藍色。その袖が濡れそうになるのにも気付かないで、一生懸命に水槽の中の金魚を追いかけている様子は、格好と非常にアンマッチで、眺めている涼介の眉間に思わず皺が寄る。 えいっと気合い一発、啓介がポイを水中から引き上げる。 ポイの上に乗っている金魚は、水の流れに身を委ねて水中から引き上げられ、二三度体を小さく波打たせたが、そのまま啓介が構えていたお椀の中へ、ぽちゃん、と落ちた。 「よっしゃぁぁぁ!」 左右の手が塞がっているせいでガッツポーズこそ出来なかったようだが、してやったり、という表情で啓介は涼介を見上げる。 その笑顔はあまりに無邪気で、少し昔を思い出させる。涼介の眉間に寄っていた皺が、すぅと薄くなった。 「上達したじゃねえか。前は一匹も掬えなくて俺に泣きついていたのにな。」 「・・・それ、いつの話だよ。」 「お前が小学二年の頃だったな。初めて浴衣着せて貰って、母さんの実家の夏祭り行った時。」 「ああ、あの時な。」 啓介が手にしているお椀の中で、数匹の金魚がつうと身を翻す。 「俺今でも覚えてるぜ、あの時のこと。」 「ほう。お前にしちゃ珍しいじゃねえか。そんな昔のことを覚えてるなんて。」 「どういう意味だよ!・・・いやな、俺未だにあの時のアニキの記録破ってねーんだよ。13匹。」 「・・・そんなに掬ったかな、俺。」 「忘れもしねぇよ。俺アニキから一回分出して貰って二回やったのに一匹も掬えなかったのに、アニキは一回でさらっと13匹だぜ13匹!俺あれから、密かに13匹目指して毎年だなぁ・・・」 成る程、祭りに来るたびに啓介が金魚すくいに執着していたのはそのせいだったのか。 「で、今回が新記録・・・!」 得意げな顔をしてお椀を差し出す啓介。覗き込んでみれば、十匹程度の金魚が狭い椀のなかでうようよと泳いでいた。 「後一匹でアニキの記録を・・・!」 再び真剣な顔で金魚を追いかけ始めた啓介を見て、涼介は溜息混じりの苦笑を浮かべる。そして不意にサイフを取り出したかと思うと。 「おじさん、一回。」 百円玉を三枚と引き替えに、ポイと椀を受け取る。 「なんだよアニキ、やるのか?」 「啓介。お前が目指していた13匹は、小四の頃の俺の記録だろう。今の俺にかかれば、13匹なんて目じゃないぜ?」 少し意地悪な声色でおどけてみせると、啓介はおこさま宜しく頬をぷうと膨らませた。 「じゃあやってみろよ!どっちがいっぱい掬えるか、勝負な!!」 お祭り気分で、少しハイになっているのかもしれないな、と涼介は少し遠くで自己分析する。普段ならこんな事、しないのだが。 子どもの頃とちっとも変わっていない啓介の姿に、少しくらい、昔に戻っても良いような、そんな気がした。 「・・・いいだろう。」 そして、結局大量に掬った金魚たちは流石に飼いきれないからと、スチロールの水槽へと返し。 啓介の手に提げられたビニル袋の中で、二匹の金魚がつうと身を翻した。 祭りの夜はまだ、始まったばかり。 因みに。 啓介。13匹目でポイが破れ、記録12匹。 涼介。20匹以上を掬い、自己記録を大幅に更新。25匹掬った段階で店主に止められ記録、測定不能。 *----------* <前へ次へ> |