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30000*霜月様




 きょうや、と、呼ぶ声がして、雲雀は緩慢な動作で起き上がった。
 窓の外は木枯らし。けれど、応接室の彼の机には日がよく当たっていて、ぽかぽかと暖かい。昼寝には、うってつけ。
 まだ少し重たいまぶたを擦り擦り、入りなよ、と告げる。
 雲雀の振る舞いはいつだって高慢で、それが崩れることはない。
 けれど、彼の声に答えるときだけ、少しだけ、ほんの少しだけ、刺々しさが消えることに、本人も気づいているのか、いないのか。
 許可の声が聞こえたからか、ドアががらりと開く。空いた隙間から顔を出したのは、いつもの金髪。

「よう、恭弥」

 心地よい声だ、と思う。
 少し高めのテノール。それが、自分の名前を呼ぶときだけは、気持ち、低くなる。
 気づいている。けど、気付かない振りをしている。
 何しにきたの、と睨むと、別に、と笑う。
 繕うことになれた笑顔だ。それが少し、気に入らない。


「用がないなら帰りなよ」


 少し語尾が強くなる。

 帰って欲しくなんてないのに。

「折角かわいい弟子の顔見に来たってのに」

 そう言って、肩をすくめてみせる。
 いちいちジェスチュアが大きいひとだ、と思う。イタリア人はみんなそうなんだろうか。

「あなたの弟子になんて、なった覚え無いよ」

 興味の無い相手なら、そこであくびを一つして、ソファに横になって、おしまい。
 だけど雲雀はそうしない。
 不機嫌そうな顔をして、じっとディーノを睨んでいる。

「……そんなこと言うなって」

 奇妙な間があった。
 あったけれど、ディーノはなんでもないふうに笑って、冗談めかして肩をおとして見せる。

「だって、事実だもの」

 それでも雲雀は、ツンとした態度を崩さない。
 崩すことが、出来ない。

「俺が恭弥に戦い方を教えたのも、事実だぜ?」
「教わってない。戦っただけだよ」

 ああそうですか、と笑って、ディーノはまた、肩をすくめた。
 たとえば、その大仰に動く手を縛り上げたら、このひとはもしかしたらしゃべれなくなってしまうのじゃないだろうか、とか。
 雲雀はぼんやりとそんなことを思いながら、すかしたような顔で笑っている自称家庭教師の顔をじっと見つめる。
 その視線を正面から受け止めて、うん? と首をかしげるディーノが、何となく腹立たしい。

 「……ほんと、嫌い」

 口をへの字に曲げて、視線を反らした。
 こんな態度を取り続ければ嫌われてしまうかもしれないと、分かっている。分かっていても、それを崩すことは出来ない。
 なんとなく、悔しいのと。
 思いを、気取られたくないのと。
 雲雀の視線の外で、ディーノは一瞬だけ眉を寄せた。
 けれどすぐに、その顔に笑顔を貼り付ける。

「そうも正直に言われると、いっそ清々しいな」

 ちらり、と雲雀は視線を自称家庭教師の方へと少しだけ向け、その取って付けたような笑顔を横目で捉える。
 気に入らない。

「じゃあ、清々しく消えてよ、僕の前から」
「うーん」

 珍しくディーノは考え込んだ。
 口元が一度開いて何かを言いかける、が、またすぐに閉じてしまう。
 同時に、視線がふと、鋭くなった。
 けれど、それは本当に一瞬の出来事で、またすぐに見慣れた作り笑いが端正な顔に浮かぶ。

「じゃあ、退散するとすっか」

 トーンの高い声。
 大袈裟に肩をすくめるしぐさ。
 作り物の苦笑。

「……うそつき。」

 下校を告げるチャイムが、ひときわ大きな音で響いた。
 いつの間にか高度を下げた冬の太陽が、二人ぶんの長い影を応接室の床に伸ばしている。
 校庭のスピーカーから流れる時の音が、少し遅れて届いた。
 長い長い残響。
 ディーノは困ったように、眉をハの字に落として、首を傾ける。
 けれどその顔には変わらず、作り物めいた笑顔がぴたりと張り付いている。

「嘘つきは、嫌いだよ」

 上等なハチミツのような色をした瞳を真っ直ぐに見つめ、雲雀はもう一度告げる。
 ディーノの瞳に、またあの鋭い気配が戻った。
 獲物を狙う、獣の眼。
 ぞくり、と背筋をある種の感情が駆け抜けていく。

「そう、それでいいんだよ」

 にやりと、自然に雲雀の口角が上がる。
 ディーノは鋭い視線のままで、しかしきゅっと眉間にシワを寄せた。唇の端が歪む。

「お前は、分かってない」

 かさかさに乾いた声が、青い炎を縫い付けた喉を振るわせる。

「分かってるよ。あなたの考えてること、全部ね」

 すう、と目を細めて、雲雀はディーノを追い詰める。
 全部、という言葉にディーノはぴくりと瞼を震わせた。それからふっと息を吐き出して、それから。

「後悔、するなよ」

 泣きそうな顔で笑った。
 








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お待たせにお待たせして半年間……遅くなった挙げ句になんだか方向見失い気味で本当にあの……埋まります……
お題は「ディーノの事が好きで、些細な事にも反応しちゃう雲雀さん」でした。すみません、うちの雲雀さん、ディノ←ヒバモードになると必死に隠すとか苦手っぽかったです……
そのうち勝手にリテイク書いているかも知れませんっていうか書かせて下さいorz
ひとまずは、リクエストありがとうございました……!



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あきゅろす。
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