こうして過ごすのは、なんだか酷く久しぶりな気がした。
「恭弥」
名前を呼んで、抱き寄せて、そのままぬくぬくと温かなシーツの間で微睡む。
触れた肌の暖かさとか、鼻先をくすぐる柔かな髪の毛とか、すやすやと規則的に聞こえる呼吸の音とか、当たり前の様にそこにあるものが、とてもとてもいとおしい。
いつだって死のにおいは自分達の隣にあって、いつかは必ずこの、穏やかな当たり前を奪い去るのだ。そう、頭では解っているけれど、いざ濃密な死臭の中に放り出されると必ず思うのだ。まだ、終わりたくない、と。
ふわふわの黒髪を掻き分けるようにして、その髪に、丸い頭に唇で触れる。太陽のにおいがした。
この愛し子がどうか、死神に愛されることのありませんように。
どうかどうか、この愛し子の元から引き剥がされることがありませんように。
決して叶うことはない願いだけれど、口にせずには居られない。恭弥を起こさないよう、指先だけを小さく動かして十字を切って瞳を閉じた。
安らかな寝息は相変わらず規則的に、薄い胸を押し上げている。ああ、生きている。
それだけのこと。けれどそれはあまりに偉大な奇跡だ。
超えてきた闘いの大きさに想いを馳せる。何度死神は、自分の、そしてこの愛し子の背中に忍び寄って来ていたのだろう。思い付くだけでも、片手の指ではとても足りない。
そしてきっとこれからも、平穏無事な人生とはいかないだろう。トリニセッテを巡るいざこざはもう起きないかもしれない、けれど元より、裏社会に生きる身だ。もしかしたらこうして眠っている間に窓の外から狙撃されるかもしれない。
――まあ、その程度で死んだりはしないだろうけれど。
心臓を刺し貫かれても「生きて」いる幼馴染みの顔がふと浮かんで苦笑する。ふつうの銃弾の一発で倒れたりしたら笑い種になりかねない。
とはいえ、人生なんてわからないものだ。あれだけの闘いを越えておきながら、明日足を滑らせて頭を打って死ぬかもしれない。
「……それは、やだな……」
そんな間抜けな幕切れは勘弁だ。
いや、どんな幕切れであろうと勘弁してほしい。
ぎゅうと腕のなかの、小さくて細い体を抱き締める。それからそっと、耳元に愛を囁いた。
夜が更けていく。