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いくじなしのえれじー




「よし……いくぜ……?」
 ふぅ、と細く長く息を吐き出して、ディーノは震える手に力を込める。
「さっさとしてよ……ちょっとくらい痛くたって我慢できる」
「でも、痛い思いはしないに限るだろ?」
「ひと思いにやった方が痛くないってば」
 分かってるけど、と呟いて、ディーノは一度手を下ろす。そして、位置を確かめる様に雲雀の肌を撫でた。
「ん……ちょっと」
 途端にぴく、と雲雀の肩が大げさに跳ねる。
「あ、動くなって」
「変な所触るな」
「別に変な所じゃないだろ。っていうか」
 ここ触らないとどうしようもない、と、ディーノは先ほど触れた箇所にもう一度触れる。
 すると、ひくりと痙攣するように雲雀の首が縮こまり、上半身が逃げるように傾ぐ。
「も……巫山戯てないでさっさとしてよ」
「だって恭弥が逃げるから」
「あなたがいやらしいからだ!」
 そんなぁ、とディーノは情けない声を上げる。
 眉が力なくハの字に垂れ下がり、しょぼん、と肩が落ちた。
「ぐずぐずしてないでさっさとやれば良いのに、いつまでも弄り回して」
「だから、失敗したら大変だろ」
「そんなに心配なら晴属性の匣でも用意しておけば?」
「その手があった! おーい、ロマー!」
「冗談だよ!」
 もう、と雲雀は鼻息荒く腕を組んで不快をあらわにする。
「いくじなし」
 つん、と唇を尖らせて言い放つと、ディーノは流石に些かむっとした様な表情を浮かべた。
「恭弥が大切だからだろ? ヘタに傷つけて出血でもしたら」
「構わないって言ってるだろ。出血沙汰なんていつもの事だ」
「そりゃ、そうだけど……」
 現についこの間だって、抗争のど真ん中に一人で飛び込んで行って、銃創を作って帰ってきた。
 匣兵器というものが活躍するようになってからこちら、とみに雲雀の無茶は加速している。自分も相手も火力が上がったというのもあるが、何より晴属性の匣があれば、どんな大怪我もまるで無かったことに出来るというのが大きいだろう。
 だから、出血、どころか流血沙汰なんて雲雀にとってはいつものこと、今更多少傷を作ったって、という自身の言い分も分からないでは無いので、ディーノは黙ってしまう。
「ほら、早く」
「そうは言ってもだな恭弥、甘く見てると意外と大出血したりするんだぞコレ」
「あなたが上手くやればいい」
「上手く、って言ったってなぁ……」
 こんなこと経験がねぇもん、と頬を膨らませるディーノに、雲雀は思いっきり白い視線を浴びせる。
「可愛いつもり?」
「……そういう訳じゃねぇけど」
 つん、と膨らんだ頬をつつかれて、ディーノはぷしゅうと音を立てて空気を吐き出す。頬がしぼんだ。
「いい加減にしてくれない? あなたがしたいって言うからやらせて上げようっていうのに」
「うん……そうだな」
 ディーノは意を決し、そっと雲雀の横顔に向かって手を伸ばす。
 左の手で顎を捕らえ、右手を後ろ頭に沿わせるようにして、親指で耳朶に触れる。
「ッ……!」
 とその途端、またしても雲雀の肩が跳ねてしまう。
「だから、逃げんなって」
「逃げてないって言ってるだろ……!」
「ちょっと触っただけでそんなになってたら、いつまで経っても進めねぇって」
「だから、あなたの手つきが一々いやらしいから……ン……ッ」
 再び耳朶にディーノの指が触れると、雲雀は甘い声を漏らして震える。
「ちょ、あんま色っぽい声出すなって……」
 外に聞こえるだろ、と言うディーノを、雲雀はキッと睨み付ける。が、その目元はほんのり赤らんでいて、覇気が無い。
「ああもう、そんな目で見んなよ……我慢出来なくなる」
「我慢しろよ、そこは! 僕だって好きでこんな……んッ……も、早く……」
 何とか言い返そうとする雲雀だが、しかしディーノの指先が敏感なところに何度も何度も触れるものだから、いい加減に腰がムズムズしてくるし、声は裏返るし、なかなか威勢良く啖呵が切れない。
 それでも頑張って耐えようとするのだが、みるみる顔が赤らんでしまって、声を抑える事が出来ない。
「早く……しろって……!」
 裏返りかけた声で急かすと、ディーノの方もなんだか赤い顔をして、居住まいを正した。
「ん……よし、いくぜ? 痛かったらすぐ言えよ」
「焦らすなってば……」
 ふるふると肩を震わせながらディーノの方を見遣る雲雀の瞳は、じんわりと涙に濡れている。
 ディーノはとくとくと打つ心臓を押さえつけて、それを目的の場所に宛がった。

 先端が、柔らかな肌に触れる。

「ひ……ッ」
 と、その途端、雲雀の喉から攣れたような声がして、反射的に、雲雀はディーノの手を振り払った。
「あ、ちょ、恭弥ぁー」
 やっとうまくいきそうだったのに、とディーノは肩を落とし、情けない抗議の声を上げる。
「仕方が無いだろ……くすぐったいんだから……」
「恭弥って意外とくすぐったがりだよな……見た感じはカタブツなのに」
「相手があなただからだよ」
 それ、喜んで良いところ? とおどけてみせるディーノに、雲雀はちょっと顔を赤くしてそっぽを向いた。
「にしても、先っちょ触れただけでそんなんじゃ、やっぱ無理かな……」
「だから嫌だって言ったんだ、あなたに頼むの」
「でもさー、他の奴にやらせるのはさー……」
 むー、とディーノは口をぐにゃりと結んで言葉尻を濁した。
 どうにも気に入らないらしい。
「だって、仕方ないじゃ無い。やめる?」
「それは嫌!」
「じゃあさっさとするか、他の人間にやらせるかしなよ。自分でやっても良いけど?」
「いや、それはやめといて。俺の心臓に悪いから」
「だったら――」
 中途半端な恰好で向かい合ったままの二人の口調が、だんだん乱暴になってきた、その時。

「あー、ボス、そろそろ良いか?」

 ドアがノックされて、腹心の部下の声がした。
 二人はぱっと体を離して、何でも無い顔を取り繕う。
「……そういや、呼んでたな」
 はは、とディーノは乾いた笑いを浮かべてロマーリオを招き入れる。
 ドアを開けた先には、少々呆れ気味に立って居る髭眼鏡の姿。
「悪いなキョーヤ、邪魔するのも無粋かと思ったんだが、ボスの用件も気になってなぁ」
「別に邪魔じゃないよ、っていうか丁度良いや」
 君がしてよ、と、雲雀はディーノの手からそれをひったくってロマーリオに向けて差し出す。
「ハァ」
 いいのかよボス、とロマーリオは自分のボスの方を振り仰ぐ。
「よくねぇけどよ」
 ぶぅ、とディーノはそっぽを向く。けれど、先ほどからの様子では、自分ではどうにもできないという事もまた分かっているので、強く拒否はしない。
「専門家にやらせとけば安全でしょ?」
「……まあ、そうだけど」
 医術の心得はあるんでしょ、と尊大な口ぶりで言うと、雲雀はロマーリオに手の中のモノを押しつけて、さっさと椅子に座った。
「まあ、俺は構わないが……本当に良いんだな、ボス」
「恭弥がそうして欲しいって言ってんだ、やってやってくれ」
「さっさとね」
 雲雀からもディーノからも許可がでたので、ロマーリオは渋々押しつけられたものを持って雲雀の横に立った。
「印、付けてあるから」
「はいよ」
 くい、と雲雀は首を傾けて、ロマーリオの方へ耳を差し出す。
 その耳朶には黒いマジックで、ぽつりと小さな点が打たれていた。
 ロマーリオは手にした器具を、そこへ当てる。
「ちくっとするぞー」
「平気」
 かけ声ひとつ、ロマーリオが手に力を込めると、小さな針が肉の少ない耳朶をぷすりと突き刺した。


「やっぱり専門家に任せて正解だったね」
 雲雀は鏡を覗くと、両耳を順に写した。
 其処には、タンジェリン・オレンジの石が嵌まった小さなピアスが綺麗に収まっている。
「あーあ、結局出来なかった……」
 俺が開けてやりたかったのに、とへそを曲げるディーノに、雲雀は小さく嘆息する。
「不埒な自分を恨むんだね」
「恭弥が敏感すぎなのー」
「髭眼鏡に触られたときは平気だったじゃないか。あなたの所為だよ」
 つん、と冷たい雲雀の言葉に、ディーノはう、と言葉に詰まる。
「……悔しい」
「もう、いいじゃない。細かいことは」
 鏡に背を向けた雲雀がクスリと勝ち誇ったように笑う。
「あなたの為に開けたんだから、これ」
 そう言って首を傾けて示すのは、今し方耳に収まった太陽の色の石。
 暫く前に、ディーノから贈られたものだ。
「うん、そだな」
 すっかり雲雀の耳に落ち着いているオレンジ色に、ディーノはすっかり機嫌を良くしてにっこり笑う。
「わざわざ、サンキュな」
「白々しい。開けさせるつもりで贈ったくせに」
「まあそうなんだけど」
 へへ、と笑って、ディーノは立ち上がる。それから、ゆったりと雲雀の元へ近づくと、そのままぎゅっと抱きしめた。
「大好き」
 それから、雲雀の耳元にキスを降らせた。








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いつぞやの無料配布が出てきたので。
ピアス。の続きのつもり。



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