「なー恭弥、まだ終わらない?」
いつもの様に応接室に入り込んでいたディーノは、ソファの背もたれに顎を預けて雲雀の方へと視線を遣る。
もう少し、と返ってきた声はつっけんどんだったけれど、出て行け、とは言われないし。
もう少しということは、きっと、それまで待ってろってことだろうから。
ディーノはちょっとだけ、自分に都合の良いように解釈して、微笑む。
多分、そう大きくうぬぼれてるという訳でもないだろうし。
ちらりと部屋の主の横顔を覗いたディーノは、そこに浮かんでいる穏やかな表情を確認する。
此所に居ることを許されているという安心感と。
どこまで距離を縮めても良いのか、計りかねる思いと。
ディーノは、口元を歪めてソファに腰掛け直す。
好きだ、とは伝えた。
そう、という返事が返ってきて、いまのところ、二人の関係はそれきりだ。
嫌われてはいないようだし、こうして側に居ることも許してくれる。……どうも、手合わせをするのに都合がいい、と思われているような気もしなくは無いが。
手を繋いだり、抱きしめたり、そういうことはどうやら苦手らしくて、なかなか応じてはくれないのだけれど、それでも耳の先は赤かったりして、恥ずかしいだけだという事をうかがわせている。
だから、これから少しずつ距離を縮めていこうと思っている。急がずに、ゆっくりと。
でも、心のどこかでは、もう待ちきれない、と感じても、いる。
「終わったよ」
気がついたら、雲雀が目の前に立って居た。
早く行こうよと言わんばかりの目をしている愛し子の、その黒い瞳をじっと見上げる。
「なに?」
きょうや、と甘い声で名前を呼んで、細い二の腕をぎゅっと掴んだ。
咄嗟のことに戸惑っているらしい顔を覗き込む。
よほど、自分は余裕の無い顔をしているのだろうか。雲雀は珍しい物でも見るかのような目で、ディーノの顔をまじまじと見詰めている。
それが少し恥ずかしくて、ディーノはへへ、と笑う。
「変だよ、あなた」
「うん、変なの」
今日は少し、と呟いて、それからもう一度、黒曜石の色をした瞳を正面から見据える。
「へんなひと」
呆れたように呟いた唇を、塞いだ。
初めて触れたそこは、あまりに小さくて驚いた。薄い、けれど、形の良い唇。
触れるだけで溶けてしまいそうだ。吐息が近い。
頭が、くらくらしてくる。
触れるだけでこんなに幸せを感じたことなど、あっただろうか。
ディーノはうっとりと、ついばむようなキスを繰り返す。
雲雀はぽかんと目を開けたまま、視界を埋め尽くす金の髪と、白い色の肌にぼんやりしている。
そのことに気づいたディーノはくす、と笑って、
「キスの時は、目を閉じるもんだぜ?」
そう言うと、再び軽く雲雀の口元に口づける。
そうして漸く何をされて居るのかを理解した雲雀は。
「何するの」
静かな、そして冷たい声と共に、捻り込むようなボディーブローを放つ。
完全にムードに浸りきっていたディーノは、ひとたまりも無くカエルのつぶれたような悲鳴を上げた。
しかし雲雀は容赦無い。一撃を入れられた腹を庇う様にくの字に曲がったディーノの背に、今度は叩きつけるような肘の一撃。
ディーノは当然、そのままバランスを崩して前につんのめる。それに追い打ちを掛けるように、長い足を上から落とすようにして背中を蹴り飛ばし、地面にキスをしたところで頭を踏みつけた。
流れるような一連の動きには無駄も躊躇も無い。ディーノはちょっぴり、泣いた。
「きょ」
「何したの」
「……キス」
「変態」
「へ」
「校舎内で馬鹿なことしたら、殺すよ」
ひどい、と口の中でディーノが呟くいとまも与えず、雲雀はディーノの横っ面を蹴り飛ばした。
そしてすっかり無抵抗なディーノを、心行くまでいたぶり倒すと、ずりずりと引きずって応接室を後にする。
途中で意識を手放したディーノは、いっそ幸せそうな顔をしていた。
そのまま師匠の体を校舎裏のゴミ捨て場にぽい、と捨てると、雲雀はどこかへ一本電話を入れて立ち去った。
翌朝早く、怪しげな清掃業者がうち捨てられた若者を回収していったとか、イタリアマフィアと地元の裏組織とのドンパチがあったとか、その辺はまた、別の話。