「恭弥ー、さっきから何してるんだよ?」
職員室前の廊下に立ったまま、色とりどりに飾られた観葉植物の、その飾りつけをせっせと点検している雲雀に、退屈そうにディーノが問いかける。
「笹の点検。」
点検の手を止めないまま短く答えると、雲雀はぷちっと飾りの一つを取り外して手に持った段ボール箱へ放り込んだ。
「ささ?」
「見れば解るでしょ。今日は七夕だからね。」
「たなばた……って、オリヒメとヒコボシが会える日なんだろ?」
「良く覚えてたね。そうだよ。」
去年そんな話をしたな、とぼんやり思い出しながら雲雀が答える。ああ、だから今日会いに来たのか、と今更思い至ったが、しかし仕事が優先、と雲雀の手は隣の短冊へと移る。
「それとササと、どう関係があるんだ?」
「……七夕には笹を飾る風習があるんだ。それに願いを書いた短冊を飾ると、願いが叶うとかいう迷信もある。」
だからこうやって神頼みをする連中が居るんだよ、と言いながら、雲雀はもう一枚短冊を外した。
「で……なんで恭弥はその短冊を外してるんだ?」
「学業成就とかなら良いけど、風紀を乱すような願いはみすごせないからね……ワォ、これも山本武?いい加減見飽きたよ。」
「ん?山本がどうかしたのか?」
ぷち、と短冊を外す雲雀の手元を覗き込んでみたが、しかしディーノは日本語が読めなかった。ただ、几帳面で少し丸みを帯びた文字は、なんとなく女子の手によるものだと察せられた。
「要するに、山本武と恋仲になれますように、ってこと。」
「ほー。」
全くけしからん、という顔でせっせと短冊の収穫にいそしんでいる雲雀の手元から数枚の短冊を失敬してみると、成る程確かに「山本」という形の文字がちらほらと見える。
それが全てディーノの知る山本であるのかは定かではないが、そうだとしたら大層な人気者だ。
「他にはどんな願いがあるんだ?」
「……獄寺くんが振り向いてくれますように……没収……全国大会に出られますように…これはいいや。……ん…?」
ディーノの為に数枚の短冊を読み上げていた雲雀の手が止まり、眉間に急激に皺が寄る。
「どうしたんだ?」
「……なんでもない。」
そう言いながら、雲雀は手元の短冊をびり、と二つに裂いて段ボールへ放り込む。
あ、と慌ててディーノがそれを拾い上げると、ちょっと、と雲雀が声を荒らげる。
「なんだよ、この短冊がどうかしたのか?」
「なんでもないってば。戻してよ。」
「恭弥がそう言うときは何かあるときだよな。」
どれどれ、とディーノが千切れた短冊をつなぎ合わせて見る。相変わらず日本語は読めなかったが。
「どうせあなた読めないんでしょ……!」
「まあ……そうだけど。なんて書いてあるんだ?」
「教えない。あなた調子に乗りそう。」
「ん?何だよ、俺に関すること?」
「……!!」
仕舞った、という表情を浮かべる雲雀に、なぁなぁ、と畳みかける。すると雲雀は不機嫌そうに視線を逸らして、
「……あの外人さんとお友達になれますように、だってさ。人気者だねあなた。」
と呟いた。
「恭弥……」
あからさまに嫉妬を丸出しにしている雲雀の姿などそうそう見られるものではない。
ディーノは思わず顔が緩むのを感じながら、手の中の短冊を雲雀が手にした段ボールの中へと放り投げる。
「大丈夫、俺恭弥一筋だから。」
今抱きついたら怒られるだろうな、とは思ったけれどうれしさが勝った。
ぎゅう、と雲雀を腕の中に閉じ込める。キスすることだけは我慢したけれど。
「何するの!」
当然殴り倒されたけれど、そんなことは気にしない。
いてて、と頬をさすりながら立ち上がって、ディーノはニッコリと笑った。
「殴られて笑ってるなんて、変態?」
「恭弥が嫉妬してくれたのが嬉しいの。」
そう言うと雲雀の眉間に寄った皺は一層深くなったけれど、それは照れ隠しだと都合の良いように誤解することにして、ディーノは早くホテル戻ろうぜ、と口説きに掛かる。
今夜は七夕だから、会えない二人が会える日だから。
いつもより少し、甘えてみようかと思いながら。