「あつっ……!!」
「ん、どうした、恭弥?」
台所から声がして、俺は慌てて駆けつけた。
そこでは、恭弥が半袖のTシャツから伸びる白い二の腕をきゅっと押さえて顔をしかめていた。
「どうしたんだ?」
「平気……油が、跳ねただけだよ。」
「当たったのか?大丈夫か、火傷になってねぇ?」
言いながら俺は、恭弥の手をそっとどける。
平気だよ、と言いながらも恭弥の手は抵抗せずに素直に俺に腕を見せてくれた。
見たところ、赤い跡などは浮かんでいない。跳ねたと言っても僅かだったようだ。
「ん……これくらいなら大丈夫かな。」
「平気だって言ってるでしょ…」
「でも、念のため消毒、な?」
俺は少し頬を緩めると、恭弥の腕をとってそっと唇を押し当てた。
滑らかで柔らかな肌は、ガスの熱に煽られてほんのり熱を持っている。何度か角度を変えて吸ってから、ぺろりと舐め上げてから唇を離す。
「も、なにするの、ばか。」
すると、潤んだ目をした恭弥と目があった。
消毒、と言って最後にもう一度、火傷をしたとおぼしき位置へキスをする。
「もう……平気だから、離れて。ご飯作れない。」
そう言いながら恭弥は俺の頭をぐいっと押す。
俺は素直に押されるまま恭弥の体を離して立ち上がった。それから華奢な肩に手を添えて、小さな頭越しに鍋の中を覗き込んだ。
「今夜は何?」
「カレーと、ポテトサラダ。」
恭弥の手にする鍋の中で、一口大に切られた肉が踊っている。楽しみだな、と言いながら丁度口元に来ている恭弥の耳に口づけると、そこがぱっと朱に染まる。
「危ないから、向こう行ってて!!」
ついに怒った恭弥に突き飛ばされるまま、俺は台所を後にする。
早く恭弥の手料理が食べたいな、などと思いながら。
「ねえ、ご飯まだ?」
……という妄想を繰り広げていた俺を現実に引き戻したのは、ふらりと台所へ顔を覗かせた恭弥の一言。
俺の妄想の中では、今俺が立っている所に立ち、白い指で器用に料理をしていたはずの恭弥は、憮然とした顔で台所の入り口の壁に凭れてこちらを見ている。
「おう、今出来るからな……」
俺の手の中には、レトルトカレーを暖めている鍋。
現実は、かくも厳しい。