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家 シ ャ マ 過去妄想です。
彼等はイタリアで面識があっただろう、という妄想の元、ただし細かい設定はしていないので原作と矛盾してるわっ!とか突っ込まないでねパラレルワールドですパラレルワールド。
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ここ暫く、彼の顔を見ていない、とシャマルは窓の外を見た。
何となく口寂しさを覚え、しかし煙草は嗜まないためその寂しさを埋めるものもなくて。仕方がないから鉛筆の、削っていない方を唇に挟んで右手で頬杖を付く。
机の上には先ほどまで手入れをしていた仕事道具が、几帳面に箱に仕舞われて、後は蓋を閉めるだけという状態で、しかしだらしなく蓋が開いたまま置かれていた。
連絡を取ろうにも、彼はいくつもあるアジトを転々としている上、仕事で世界中を渡り歩いていることも多い。ボンゴレの城にでも取り次ぎを頼めば掴まるのかも知れないが、一介の闇医者がイタリアでも屈指の権力を持つ大ボンゴレに、個人的な用件の取り次ぎを頼むような真似は出来るわけがない。
そしてシャマル自身もまた、長く一所に落ち着くことをしなかった。ボンゴレの幹部ほどではないにせよ、こんな仕事をしていれば敵も多いし、無免許開業の医者がいるという噂が流れてしまえば当局の捜査が入る。取り次ぎは行きつけのバールに頼んでいるので、拠点を変えても仕事に支障は出ない。
お互いがそんな生活だから、会いたいときに会うという訳には行かない。大概が、向こうから一方的にバール経由で日時と場所を指定してくる。こちらから連絡を取る手段は、現実的には殆ど無いのだ。
「……呑みにでも行くかね……」
いつまでも鉛筆をしゃぶっていても気分は晴れない。
仕事が来ているかも知れない、と自分に言い聞かせて立ち上がった。
シャマルの行きつけのバールは、今ねぐらにしている部屋から歩いて十五分ほどの所にある。
裏通りの、さらに路地を入った、薄汚れた怪しい扉の並ぶ一帯にぽっかりと空いた穴から地下への階段を下りた先だ。看板も出ていない、違法営業ギリギリのバールには、いつも仄かなマリファナの臭いが漂っている。
「よぉ。」
ちらりと店を見渡してから、顔なじみのバーテンに手を挙げる。
人もまばらなカウンターに腰を下ろすと、頼んでもいないのにペローニが出てきた。
「まあ飽きもせず毎日来るな。暇なのか?」
「最近仕事がねーのはアンタが一番良く知ってんだろ。」
仕事の取り次ぎを頼んでいるバーテンはそれはそうだと笑って、ひらひらと手を振った。今日も空振りらしい。
とは言っても、そう毎日あくせく働く必要は無いのだ。闇医者という仕事は色々とリスクが有る分、一度の実入りがデカい。実際、今の蓄えがあればむこう一ヶ月は仕事の心配をしなくてもいい。
「万が一急病人でも来てたら寝覚めが悪ィだろうが。」
「お前がそんな殊勝なこと言うタマかよ。」
「……万が一美人の急病人でも来てたら以下略。」
成る程な、と笑うバーテンを尻目に、汚れたグラスを満たしているペローニをぐいっと煽る。
そういえば彼は、ペローニが嫌いだったか。俺はジャポーネのピルスナーが好きだ、と言って、呑もうとしなかった。シャマルはジャポーネのピルスナーとやらは呑んだことが無かったけれど。
「ああ、そうだ、仕事はねーんだがな。」
バーテンが何かを思いだしたようにシャマルの目の前に一枚のメモを差し出した。
其処には愛想のない書体で、明日の日付と「四番」という単語だけがワープロ打ちされていた。
頬がだらしなく緩みそうになるのを、気合いを入れて引き締める。
「お前に渡せって預かった。名乗らなかったが、ありゃぁボンゴレだぜ。間違いねぇ。」
「……なんで分かるんだよ。」
「この辺であんな上等なスーツ着てる奴他に居ねぇだろ。」
「…なるほどな。」
シャマルは納得してメモをポケットへ落とす。
上等なスーツということは彼本人ではなく部下か誰かを遣わせたのだろうか。
彼はいつもくたびれた作業服を…特に、ストリートを歩くときには身につけている。正式な場に出るときこそ値の張るスーツに身を包むが、普段は堅苦しいのを嫌う。
「ありがとよ。じゃな。」
「もう一杯くらい飲んできやがれ。」
「真っ昼間から管巻くほど暇じゃないんでね。」
悪態を吐くバーテンに手を振って、シャマルは先ほど下りてきたばかりの階段を上る。
少し傾き始めた太陽に賺すように先ほどのメモを取りだして、時間と場所をもう一度確認する。
それからメモを細かく破いて風に踊らせた。
焼却処分をするほど機密性の高い内容でもないし、仮に自分なり彼なりをつけねらっている奴が五ミリ四方の紙片を全て回収してつなぎ合わせる根性を持ち合わせて居たとしても、八つの数字と一つの序数詞からこのメモの意図する内容を読みとることは難しいだろう。
読みとる為には、彼のアジトの数と場所、それからどれが何番目と呼ばれているかを正確に把握していなければならず、それを把握しているのは彼本人とシャマルだけだ。
「四番目、ね……」
それはいくつもある彼のアジトの中で、今のシャマルのねぐらにもっとも近いアパルトメントだ。
今居る所を知ってのことだろうか、と考えて、しかし偶々かもしれないと首を振る。
彼の情報網を持ってすれば、伏せて居るつもりの自分の居場所など直ぐ知れてしまうだろうけれど、知っているなら会いに来れば良いのに、などと女々しいことを考えてしまいそうで考えないようにする。
いずれにせよ、明日になれば会えるのだから、それでいい。
シャマルは自分に言い聞かせるように、家までの十五分の道のりを殊更ゆっくりとした足取りで歩き始めた。