別に、何か有るなんて期待していた訳では無い。
けれど、結局一日ピピ、とも鳴ることの無かった携帯を枕元に投げ出して枕に顔を埋めると、何となく空虚な気持ちになる。
それが「寂しい」という気持ちなのだと何処かで気付いて居ながら、雲雀は気付かない振りをした。そんな弱い感情は必要ない。
「ディーノの……ばか。」
今日は水曜日で、こどもの日だから休日、大型連休の最終日、なんていうのは日本の都合、ディーノの住むイタリアではただの平日なのだし、来る、という話も聞いていない。それは、解っているけれど。
時計の針が無情に回り、長針と短針が重なる。
鳩時計ではないので音は鳴らないけれど、かちり、と針の動いた音がやけに大きく部屋の中に響き渡った。
「……寝よ。」
明日からは学校が再開する。
大型連休明けで浮かれた生徒達によって風紀は乱れるだろうから、朝の取り締まりは厳しくしなくてはならない。寝坊などしたことないけれど、早く寝るに越したことは無い。
鳴らない携帯を睨み付けてから、体を仰向けに直して布団を被り直した。
いつもなら目を閉じれば直ぐに訪れる眠気が、今日はなかなかやってこない。
落ち尽きなく瞬きを繰り返して見るけれど、見え隠れするのは見飽きた天井だけ。
横向きで寝る習慣は無いが、右へごろり、左へごろりと体勢を変えてみる。三度目に右へ転がって、背中がすうっとするのを覚えて仰向けに戻った。
「……らしくない……」
こんな風に寝付けずにいる自分もらしくないし、記念日を祝うのが大好きなディーノが、誕生日に電話のひとつも寄越さないのもらしくない。
何かあったのかもしれない、とふと不安が胸を過ぎった。ふと時差を計算して、仕事が終わる頃だろうか、と気付く。今なら、電話すれば出るかも知れない。
けれど、ただ連絡が無かっただけでこちらから連絡するのは、日頃「あまり構うな」と言っている身としては躊躇われるものがある。
携帯を手に取ろうか、どうしようか、逡巡しながら首だけを巡らせて枕元のそれを探すと。
丁度その瞬間を見据えていたかのように、携帯が校歌を歌い始めた。
慌てて起きあがり携帯を手にとって、画面を開くと、そこに表示されていたのは。
「……何。」
殊更不機嫌そうな声をわざわざ作って応対する。
「ごめん、恭弥……」
聞こえてきたのは、聞きたくて仕方の無かった声だったけれど、今更何、という苛立ちが募り、眉間にしわが寄る。
だから、何。と冷たく言えば、電話の向こうでディーノが息を整える気配がした。
「誕生日、祝ってやれなかった……」
「……別に。」
やはり何か有ったのだろうか、何となく電話の背後が騒がしい。
雲雀は電話に拾われないようにほっと息を吐いた。
「本当にごめんな……もう、そっち日付変わっちまったよな……」
「今さっきね……」
雲雀の言葉に、言葉は返ってこなかったけれど受話器の向こうで落胆するディーノの気配が伝わってくる。
「……でも、あなたのいるところはまだ五月五日、でしょ?」
「ん?あ、ああ、まあな……」
「なら、許して上げるよ。」
ふん、と偉そうに呟いて雲雀はベッドに倒れ込む。
なんだか心がほんのり温かくて、今なら眠れるような気がする。
「恭弥……誕生日、おめでとう。愛してるぜ。」
「……バカ。」
来年はちゃんと祝いなよ、と言ってやると、勿論、と華やいだ声が帰ってきた。
何をしていたのか、気にならない訳では無かったけれど、今日は許してやろうと思って口を噤んだ。
「明日にはイタリアを発てると思うから、明後日にはそっちに行くぜ。プレゼント持ってくから、楽しみにしてろよ。っても、一泊しかできねぇけど…」
「別に……そんな無理して来なくても、送ればいいじゃない。」
「直接渡したいの。もう恭弥に会いたくて死にそう。」
「勝手に死なないで。あなた僕が咬み殺すんだから。」
「ああ……そうだな。」
「じゃあ、もう僕は寝るよ……こっち何時だと思ってるの。」
ふわ、と大きな欠伸が雲雀の口から零れる。
「ああ、ごめん……じゃあ、おやすみ、恭弥。」
ちゅ、と受話器越しのリップノイズが耳を擽って、雲雀の耳朶がぽんと赤く染まる。
「も……早く来い、バカ!」
そう言って乱暴に電源ボタンを押した。
心臓の鼓動が収まるまで、眠れそうにはない。
会ったらまずこのお礼をしてやろう、そう思いながら今手元には無いトンファーを、虚空で握りしめた。