暦の上ではとっくに春だというのに、まだまだ空気は肌寒い。
吐いた息が白いという程ではないにせよ、しかし外を歩けば人肌の温もりも恋しくなるし、まだまだ自動販売機のあったか〜いの文字が有り難い。
「はー、さびー!」
「だからってくっつくな馬鹿!」
がつんと鈍い音がして、雲雀の裏拳が、背後から抱きついてきたディーノの鼻先にヒットした。
鼻先を押さえながら苦笑して、ディーノは大人しく身を引く。
「恭弥も冷たいじゃねぇかー。暖めてやるからさー」
「うるさい馬鹿。そんなに寒いなら暖かいものでも飲めば?」
言いながら、雲雀はついと道の向こうを指差した。その先には、一台の自動販売機。
仕方ない、コーヒーでも飲むかなあ、と言いながらディーノはそれに走り寄って行き――
「恭弥!見ろよこれ!!」
缶を一本だけ買ってきた。
僕の分は、と不機嫌そうに眉を顰める雲雀にはお構いなしで、ディーノは手にした缶を雲雀に向けて差し出した。
「……コーンスープなんか買ったの?」
ラベルを見た雲雀が怪訝そうに眉間を寄せる。
ディーノが誇らしげに手にしていたそれは、缶に入ったコーンポタージュ。よくある、粒入りのそれだった。
「あれ……驚かねーの?コーンポタージュだぜコーンポタージュ!こんなもんが缶に入ってんだぜ?」
「……別に、珍しくもないじゃない。」
やや興奮気味のディーノを、雲雀は至って冷静に冷めた目で見上げる。
「だって……缶から直接飲むのかよ?」
「わざわざお皿に開けて飲んでる人はあんまり居ないと思うけど。」
「マジかよ……なんかのネタとかじゃねえの?」
「……別に、たまに飲んでる人居るし。普通に。」
そうかー、流石技術大国、とか訳の分からないことを言いながら、ディーノは恐る恐るといった面持ちでプルタブに手を掛けた。
かしゅん、と気圧が下がる音がする。
ず、と一口含むと、なにやらもぐもぐと口を動かし、たっぷり時間を掛けて飲み込んだ。
「すげー!粒まで入ってるぜこれ!」
それから感動の表情を浮かべて雲雀を見るが、当の雲雀は小馬鹿にしたような顔でディーノを見上げている。
「普通でしょ……」
ため息混じりの雲雀の言葉に、しかし耳を貸す様子もなくディーノはごくごくと缶の中身を口に含んでは咀嚼し、粒の歯ごたえを楽しんでから飲み込むことを繰り返している。
「……そんなに気に入ったの?」
いい加減呆れ顔で雲雀が問えば、すっかりひと缶飲み干したディーノが笑顔でうんと答える。
「本当すげーなコレ。普通に旨いし…………?」
が、笑顔で缶への讃辞を送っていたディーノの顔が瞬間曇り、眉間にシワが寄る。
「どうしたの?」
訝しげに雲雀が聞くが、ディーノはそれには答えず、しきりに缶の飲み口から中を覗き込んでいる。
「……まだ中にひと粒あんだけど……」
悩ましげなディーノの声に、雲雀はなるほどと納得する。
粒入り缶飲料の運命とも言えるその現象は飲み手を選ばず発生するものかと、妙なところに雲雀が感心している横で、ディーノは缶を振ってみたり、底を叩いてみたりと試行錯誤を繰り返していたが、やがて。
「いって!!」
と叫んで止まった。
「……どうしたのさ……」
「舌……切った……」
無理やり飲み口に突っ込んだのだろう、べ、と差し出したディーノの舌から一カ所、うっすら血が滲んでいた。
「……業突張るからだよ……」
信じられない、と言わんばかりに大仰なため息を吐くと、雲雀は肩をすくめて踵を返した。
気が付けば二人並んで道の真ん中に立ったまま、十分かそこらは経っている。すっかりからだも冷えてしまった。
「もう……行くよ。」
「あ、待てよ恭弥……!」
歩き出した雲雀の後を、ディーノが慌てて追いかける。
「なあ恭弥、マジ、痛い……」
「自業自得でしょ……舐めとけば治る。」
「……じゃ、恭弥が治して。」
ばっさり切り捨てられたディーノは少しむっとして、おもむろに雲雀の腕を捕まえた。
それから腕を引き寄せて、反対の肩も捕まえて、屈み込んで。
「……道の真ん中で何するの変態ッ!!!」
合わせた唇が離れた瞬間、すくい上げるような雲雀の一撃が、ディーノの顎を砕いたのだった。