ずっと隣にいるのが当たり前、なんて生ぬるいことは思っていない、というか、実際ずっと隣になんて居られないから、傍にいられる時間のありがたさは身にしみて分かっているつもり、だった。
その日、までは。
「…………出ねぇ。」
俺は携帯電話を耳から離し、液晶画面を睨み付けた。
別にそこを睨んだからといって、電話を掛けた相手にその視線が届くわけでもないのだが。
「キョーヤか?」
「ああ……もうまる三日だぜ?メールも返事がねぇ、電話しても出ねぇ……それも、どの時間に掛けても、だ。」
別に毎日連絡を取りあっているという訳でもないし、メールにすぐ返事が返って来るという訳でもない。
けれど、おおむね二十四時間以内には返信があるし、時間帯をずらして三回も電話をすれば出てくれる。
ここまで音信が途絶えるなんてこと、初めてだった。
「ボンゴレなら何か知ってるんじゃないのか?」
「とっくに電話した……最近…ってか、ここ二三日姿見てないって……」
何かあったのだろうか、と不安ばかり募るが、タイミングの悪いことに対立組織との関係が悪化しており、にらみ合いが続いている。この状況では日本まで飛んでいくという訳には行かない。
また、いつドンパチが始まるか分からない状況だ、人員は多いに越したことがないので、手の空いている人間を日本に……という訳にもいかない。
自分の立場がもどかしく、俺はぎり、と奥歯を噛んだ。
「恭弥……無事で居てくれよ……」
祈るように指を組む。
しかし、意識を海の向こうへ飛ばして居られるのはほんのひとときで、けたたましく鳴り響いた携帯が急激な局面の変化を伝える。
なんとか緊張状態を抜け、落ち着いた頃には日付が三回ほど変わっていた。
しかし、ずっと睨めっこしていたはずの携帯電話にあった着信は全て部下からのもので、恭弥からの連絡はないまま。
「畜生……」
一週間も連絡が取れないなんておかしすぎる。
一度だけ心配したツナから連絡があったが、ツナも恭弥の行方は知らないようだった。
相手組織との緊張の糸は途切れたとはいえ、まだ楽観は出来ない。
本当は今すぐ日本に飛びたいけれど、せめてもう数日は相手が確実に撤退することを確認しなくては。
もどかしい思いだけを胸に、携帯を開いて ”連絡が欲しい。心配している。”と短いメッセージを送信する。
とにかく無事でいて欲しい。--生きていて、ほしい。
絶望的な程の喪失感に直面してはじめて、恭弥という存在が在ること、それがいつの間にか「当たり前」になっていたのだと思い知らされる。--例え、物理的には傍に居られなくても。
「恭弥……」
祈るような思いで名前を呼んだとき。
携帯が、鳴った。
慌てて開いたディスプレイに表示された名前は、間違いなく、待ち望んでいた名前。
「恭弥!」
「……声、大きい。」
電話の向こうから聞こえてきたのは、聞き間違いようのない愛しい人の声。
俺は思わず鼻の奥が熱くなるのを感じて、情けない、と自分を叱咤する。
「ごめん……嬉しくて、つい。」
「は?……馬鹿……」
そう言う恭弥の声が、どこか疲れているように感じるのは気のせいだろうか。
この一週間何をしていたのか、どこにいたのか、聞きたいことは山ほど在ったけど、とにかく。
「……ありがとう。」
「……何、いきなり。」
「いや……恭弥が居てくれるだけで、俺すげぇ嬉しい。」
「訳わかんない……何してた、とか聞かないの?」
「うん、そりゃ、聞きたいけど……」
恭弥が話したく無いなら、無理に聞き出そうとは思っていない。生きていてくれて、連絡してきてくれた。それだけで俺には十分だった。
……高々一週間連絡が取れないだけでそこまで追いつめられてしまう自分に、少しだけ苦笑が漏れる。
「何してたんだ?」
「……入院。風邪、こじらせた。」
少し恥ずかしそうに言う恭弥に、俺は安堵の溜息を零す。
体調を崩していたというのは聞き捨てならないが、連絡してこなかったのには何か理由があるのだろう。
それはこれから少しずつ聞き出せばいい。
心配したんだぞ、と優しく諭して、どうしてたんだ、と話を促す。
少しくらいの長電話は大目に見てくれるよな、ロマ。
今夜はゆっくり話をしよう。
たくさん、ありがとうって伝えたい気分なんだ。