そういえば、今日は日本では成人式か。と、部屋に掛けたカレンダーを見て思い出した。
もとよりそんな群れる行事に参加する気などなかったが、そういえば笹川了平は都合が悪いと言っていた。そういうことかと今更思い当たる。
沢田の組織の連中は、僕らの年齢などあまり考慮していないのだろう……まして、今日が成人式であるなど。……いや、僕自身、忘れていたけれど。
奇しくも日本で、おびただしい数の新成人どもが袖を通しているだろう服と同じような、ただし値段は桁違いであろう仕立て服に袖を通し、正装用のブラックタイを締める。
シュ、と絹の擦れる音がした。
鏡を覗き、服装に乱れがないことを確認してから部屋を出る。
この屋敷、と呼んで差し支えのない邸宅が、この国での滞在拠点になってからもう二年は経つだろうか。すっかり見慣れた廊下を通り抜け、階段を二、三段降りたところで、下からそわそわとした気配を感じて手すり越しにそちらを覗き込んだ。
「恭弥!」
すると、即座に僕の姿を見つけた跳ね馬がパッと馬鹿みたいな笑顔を浮かべる。
それがなんだか恥ずかしくて、ため息を吐いてごまかした。
「うん、やっぱ似合う。なあ、早く降りて来いよ!」
「言われなくても今行くよ……玄関そっちなんだから……」
僕は跳ね馬の浮かれ方に少し呆れながら、毛足の長い絨毯を踏み分け階段を降りて行く。踊場を回ると、下で待ち受けるディーノと対面するかたちになった。すると跳ね馬はこちらをまっすぐ見上げて、やたらとキラキラした視線を向けてくる。
「恭弥……すげー格好いい。惚れそう。」
「……もう惚れてるでしょ。」
「そうだけど。惚れ直す。」
抱き締めてこないのは、下ろしたての仕立て服がシワにならないようにとの気遣いだろう。
エサを前に必死に「待て」をしている子犬のような視線が可愛くて、思わず笑みが浮かんだ。
「うん、やっぱ、俺の見立て正解。すげー似合う。」
光沢を抑えた上質な生地も、ネクタイも、襟の先のデザインに至るまで、選んだのはディーノだった。仮縫いと言っては何度も試着につき合わされ正直鬱陶しかったが、いざ袖を通してみれば日本で数えるばかり袖を通した吊しのスーツとは桁違いの着心地で、仕立ての良さを実感する。
「……ま、お礼くらいは言ってあげるよ。」
悔しいが、僕ではこんな服を選ぶどころか仕立て屋さえ見つけられないだろう。
素直に謝意を述べると、跳ね馬は嬉しそうに笑った。
「成人おめでとう、恭弥……今日、ジャポーネではそう言う日なんだろ?」
「よく知ってたね……」
「はは…実はツナから聞いた。今日の為にセージンシキボイコットしたんだって?」
「元から出る気がなかっただけだよ……並盛の成人式の仕切りは哲に任せてあるし。」
だから今日がその日だと忘れていたことは伏せておく。
「そっか……でも、すげー偶然だな。」
「別に……ただ沢田のとこに顔出しに行くってだけじゃない。」
しみじみと涙さえ浮かべそうなディーノに、僕は思わず苦笑する。
「とんでもない!正式にツナの守護者としてボンゴレの爺様方に挨拶すんだろ?」
「……まあ、ね……」
正直、形だけとは言え草食動物の下につくのは気に食わなかったが、並盛には干渉しないらしいし、狩り甲斐のある獲物を回してくれると言うし、僕の利益になるならと了承した。……赤ん坊とは、まだ遊び足りないし。
今日の呼び出しはつまらない会食らしいので気は進まないけど、それが将来もたらされる利益の対価ならば仕方がない。
「はぁ……ついにこの日がなぁ……立派になったな恭弥……」
「何成人式の日の父親みたいな事言ってるのさ……」
目頭まで押さえ始めたディーノにいい加減呆れてため息を吐いた。
「だって、大事な弟子の晴れ舞台だぜ……?」
「……弟子?」
あなたの弟子とやらになった覚えは無いよ、と言いながら、僕は玄関に向かって歩き始めた。
慌てて追いかけて来ようとするディーノを制するように振り向いて、釘を差す。
「いってきます。」
「……お、おう。気を付けてな。」
その場に足を止めた跳ね馬に満足して、僕は踵を返す。
ポーチに回させた車に乗り込んで、キャバッローネ邸を後にした。
日付が変わる前には帰ってこられるだろうか。そうしたら、ディーノとワインでも飲み交わそうか。
……成人祝いの気分に、少しくらい浸るのも悪くないだろうから。