「ねえ。」
情事の後の心地よいまどろみの中で、腕の中の恭弥がこちらを向いた。
なんだよ、と優しく声を掛けて髪を梳いてやると、少しだけ苛立ち交じりの視線が正面から俺に向けられる。
「今度はペッカトーレの娘に手出したんだって?」
「…………何処で聞いた?」
「沢田のとこのパーティで、狸親父が言いふらしてたよ。キャバッローネと祝言だって。」
「……チッ……あのクソ爺……」
ごめんな?と恭弥の額に掛かる短い前髪を掻き分けてキスしてやる。
俺の心は恭弥だけに捧げているけれど、大変申し訳ないが『キャバッローネのボスの体』はそうもいかない。
「俺から誘ってんじゃねーからな。あっちの爺が無理矢理娘サンをウチに泊まらせたりするから……」
そういう意図で差し出されたにも関わらず夜這いの一つもかからなければ、彼女も傷つく。それも可哀想で。
「そうやって情けを掛けたりするから、余計な女を押しつけられるんだよ……」
「うん……でもほら、女の噂の一つもねーと、すぐゲイだの不能だの言われるし……」
妻も娶って居ないのだ、これで遊び相手のひとりふたりもいねーとなると、口汚い連中の間ではすぐにそういう噂が立つ。
完全に世襲制のキャバッローネの当代にそんな噂が立てば、跡目争いの火種になることは目に見えている。
……それは避けたかった。
だから、押しつけられるのを良いことに女性達を利用させて頂いているという側面がなくも、ない。申し訳ないが。
「言わせておけばいいのに。」
「そう言うわけにもなぁ……大丈夫、俺恭弥のことしか考えてねーから。」
「……どうだか……」
信じて、と言いながら優しく恭弥の唇を塞ぐ。
いつも通りの甘い唇は、それが紡ぐ連れない言葉とは裏腹にやんわりと俺を受け入れてくれた。
「愛してる、恭弥……」
だから安心しておやすみ、と瞼にキスを落として、俺も目を閉じた。
**
翌朝。
起きたら恭弥は居なかった。
まあ、仕事があると言っていたから仕方ないだろう。明け方何かモゾモゾする気配を感じたような気もするし。
まだ少し寝ぼけている頭を振りながら、ベッドの上に半身を起こす。
視線が高くなったことで見えたベッドサイドに置かれたチェストの上に、書き置きのメモを見付けた。間違いなく恭弥の字。
『Sii gentile con lei』
……彼女と仲良く、ってなぁ……
苦笑して俺はベッドから足を下ろす。
ヤキモチなのは解っていても、グサっとくる。すまねえ恭弥。
心の中で神様と最愛の恋人に謝って、着替えようとクロゼットを開けた。
クロゼットの扉には鏡がはまっていて、そこに情けない男の姿が映る。
やれやれ、と気合いを入れようと頬を二三度叩いて……
「なんだこりゃぁああああ!!!!」
鏡をよく見て、叫んだ。
首筋から、胸元から、腹から……体中のあちらこちらに、薄いピンク色の痕が付いていた。
普段はキスマークなんて絶対付けないし、昨夜そんなものをつけれた記憶もない。
……ひとつふたつなら気づかなかったと言えるかも知れないが、こんなに沢山だ。おそらくは、明け方もぞもぞしていたときだろう。
……こんなもの付けておいて、あんな書き置きを残していくなんて……間違いなく嫌味だな。
「まずいなー、明日の夜パーティーなんだけどなー……」
もちろん、件の御嬢様もいらっしゃる。ほぼ間違いなくお泊まりになられる。
どうしようかと、体中を鏡に映して見聞する。
くっきりと付いた鬱血の痕は、とても一日二日では消えそうにない。
「やー、まいったねー」
口ではそう言ってみるが、どうもにやける口元が止まらない。
恭弥の嫉妬なんて、そうそうお目にかかれるものじゃねえから。
幸い、というか計算ずくなのだろうか、服を着てしまえばキスマークは一つも表に出ないが、消えるまで女性とのデートはお断りしなくては。
なんて言い訳をしようかとあれこれ考えながら、けど頭の中は恭弥のことでいっぱい。
腕に残された一つに重ねて口づけをして、愛を呟いた。
コレが消える前に、またキスマーク付けて貰えねえかな。
そうすれば、一生恭弥だけのものでいられんのに。
叶わない願いを、頭を振って追い出す。
俺はキャバッローネの跳ね馬だ。それを忘れるなと、自分に言い聞かせて。
ああだけどせめて、この可愛い嫉妬の証が消えるまでは、ただの恋に溺れた一人のディーノで居させてください。かみさま。