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コンプレックス
 
なんでだろうか

俺はただ、

心配なだけなのに――



『コンプレックス』



雲が寂しく所々に浮かび、清々しくも憎らしいほどの青色をした空の下、俺と姉さんはバーゲンセールという戦場に出かけていた。
そして今、両腕に合計50キロという衝撃的かつ絶望的な量の戦利品を抱えているのは誰でしょう?
俺だ。


「姉さん……も、もうそろそろ帰って整理しよう……?」

「あらだめよシルバー。これからコガネデパートの屋上で始まるセールにも行かなくちゃいけないんだから」


姉さん、俺はあと半キロ持たされたら腕の前に心が折れるかもしれないよ……。
などという心の底からの渇望は乾いた喉の奥に無理矢理押しやり、「そうだったね」という爽やかな笑顔で応答した。
別にこの程度なら問題は無いんだ……そう、『夏』でさえなければ……!
蒸し暑いのは当たり前だし服が肌に密着して気持ち悪いし、おまけに昨日の深夜までちょっと厚めの本を最初から読破したせいで睡眠不足の貧血気味という特別サービスまでついている。


「なにしてるの?早く来なさーい!」

「うん、今行くよ……、っと?」


遠くから聞こえた義姉の催促に返事をした所で、急に腕に付けたポケギアが鳴り出した。
荷物を置いて取りはずすのももどかしく、シルバーは腕についているポケギアの通話スイッチを強引に民家の壁に押し当てる。
途端に聞こえてきたのは、あの間違ったファッションセンスの塊の暑苦しい声。


『おいシスコン野郎!良いザマだなぁ!』


…………………………。


「そうか……お前はそんなに殺されたいんだな?」


ポケギアから聞こえてきた声の主からは、今自分がいるコガネデパートのテーマソングが微かに聞こえてくる。
俺は荷物を抱えたまま高速で辺りを見回した。すると自分の丁度真後ろ5メートル弱の距離にある壁から少しはみ出るようにして、そいつは潜んでいた。


「ちょ、ちょっとシルバー!?」


姉さんの驚く声などもう聞こえない。奴の見つかってしまったことによる驚きの顔も知らん。
ただ、俺は持っていた荷物をとてつもなく優雅に、それでいて静かに下ろすと、五輪選手も目玉を飛ばしてしまうような速さでクラウチングスタートの構えをとり、そしてダッシュ。この間わずか0.5秒。ギネスに乗れるな、と少しだけ思った。


「やっべ!早く逃げ……」

「逃がしてたまるかァああああ!!」


前かがみの姿勢から一気に右足だけで跳躍、そのままの勢いでひねりを加えたドロップキックを、奴の顔面にめり込む形で衝突させた。
ゴガン!という鈍い衝撃の後、奴はごろごろと、真っ赤な何かをまき散らしながらコンクリートの地面を転がっていった。
華麗に着地を決めた俺は何故か、小さくガッツポーズをとっていた。周囲の群集(おそらくはマニアックなプロレスファン)から驚きの声とまばらな拍手が巻き起こる。
そこで正気に戻ってみると、視界の端には放り捨てられたサンドバッグのように惨めに転がっているゴールドが映っている。


「あー……えっと、すまん」


蹴り飛ばされた奴はそれからピクリとも動かないため、とりあえず謝っておいた。
だが俺をシスコン呼ばわりするのがいけないんだ。弟として(義理だとしても)、大切な姉を心配したり労わったりするのは当然だろう?だから俺はシスコンじゃない。
……そう、シルバーは誰に言うとも分からぬ口添えを残す。もしかしたら言い訳なのかもしれない。


「シルバー……早くしないとセールが始まっちゃうわよ!!」


シルバーが死体の処理に困っていると、さらに催促の言葉が飛んでくる。
モルグへと運ぶか荷物持ちかを天秤にかけて、シルバーはシスコンへの扉を選ぶことにした。


「ああ……今行くよ」


振り返らない。
それはもう過去の遺物なのだから。




『シスターコンプレックス』








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