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いつだって
 



空に浮かぶ雲は、祭りの屋台で売られているようなふわふわの、甘くとろける綿飴の味がすると、そう信じて止まなかった頃があった。
実際のところ、そんな真似を夏の空に浮かぶ積乱雲の中で試してみれば、感電死するか凍えて死ぬか、それ以前に高所落下で死ぬしかない気もするのだけれど、とにかくそんな子供っぽいことを考えていた時期が僕にもあった。
いや、今でもまだ子供だけれど、考えることが大人になったということだ。

「チョコレートパフェだよ。キミも知っているだろう?」

「んあ?」

僕が手の中のタンブラーをくるくると回しながらそう尋ねると、地べたに座り込み、腕の中のジグザグマと楽しそうに戯れていたサファイアは、奇妙な声を出してこちらを向いた。
開けた森の中、やわらかい日差しが降り注ぐ場所に僕たちはいた。なんでもない、理由など無く、ただ遊びに来た。それだけだけれど。

「下にコーンフレークとチョコレートソースが詰まってて、上段にはバニラアイスとたくさんのフルーツゼリーが入ってるアレだよ」

僕はね、と続く。記憶の糸を辿って。

「小さかった頃、とにかくそのパフェを一度で良いから、お腹いっぱいに食べてみたかったんだ。安っぽい夢かもしれないけど、当時の僕にとってはコンテストリボンが五つ揃うことよりもずっと魅力的だった」

懐かしい記憶がよみがえる。純情なあの頃、僕が一人の少女と会う、少し前。
父親母親にねだりねだっては突っぱねられ、よく駄々をこね、そして拗ねたものだった。
サファイアはその様子を見て、ははあ、とよく分からない感嘆の声を漏らした。彼女と遊んでいたはずのジグザグマはどうやら調教されてしまったようで、彼女の前でごろんと仰向けになり、服従のポーズをとっていた。おなかをくすぐっておくんなまし!ってところだろうか。僕はそこからそっと眼を背けた。

「あ、でも似たような経験ならしたことあるとよ。昔、父ちゃんとレストラン行った時、お子様ランチじゃなく定食が食べたくって、何度もごねてたことなら」

「近からずも遠からず、って感じだね」

「そやねー。……で、なんでいきなりそんな話?」

はっはっはっ、とだんだん呼吸の荒くなるジグザグマ。よもやコイツメスではあるまい、と僕は早々に結論付けた。だらしなく舌とよだれを垂らしながら喘ぐ様はまるでアヘ……おっと。
僕は持っていたタンブラーをサファイアに差し出しながら続けた。

「この前、食べに行ってみたんだ。大きなチョコレートパフェを」

「へぇ。で、どうだったと?あまりの美味しさに感動したと?なら、あ、あたしも一緒に行きたいなー、な、なーんて……ごにょごにょ」

サファイアの声はだんだんと小さくなっていき、途中から遂に聞こえなくなった。タンブラーを受け取りながらぽっ、と顔を紅く染めていく。
ようやくジグザグマの異常に気が付いてくれたのだろうか。見れば、ジグザグマはだらしない格好のまま、白目を剥いて時折ピクピクと手足を痙攣させていた。失神するほどよかったのだろうか。いや、確かに彼女のテクニックに僕は手も足も出なかったけれど。何が、とは言わない。―――どこで身につけたんだろうか?

「まあ結論を言うとさ……食べ切れなかったんだ。甘すぎて」

夢は半ばからぽっきりと折れてしまった。いつか雲を食べようと思って、そして現実を知ってしまった、あの頃のように。
一口目は最高だった。冷たいアイスと絶妙な甘さに調節されたチョコレートソース。サクサクとした食感を残したフレークに、味にアクセントを加えてくれるフルーツゼリー。幸せの絶頂は、まさにこの瞬間にこそ存在していた。
だが、現実はなんとも非常であった。
三分の一をきったところから胸焼けするような甘さの連続。味の極端な変化が無いことと、普段は多量に摂ることのない糖分の過剰摂取から、普段はなかなかやらない、砂糖なしのストレートティーを三杯も注文して、しかしようやく半分しか消費できなかったのだ。

「……はあ、ちょっと残念ったい。けど、勿体なかね。残りはどうしたと?」

「近くを通りかかってくれたエメラルドがその半分と、ついでにもう一本食べて帰っていったよ。どんな胃袋してるんだろうね、彼」

一緒に食べたかったのに、というサファイアの呟きは、ついに僕の耳に届くことは無かった。余談である。
ぱこん、と空気が抜ける音と共にタンブラーの蓋が開かれ、微かに上る白い湯気の見えるそれを、サファイアがそれをぐいっとあおる。いい飲みっぷりだ。
温かい紅茶の香りが、湯気からくる熱気と共に僕の鼻腔を刺激する。僕にもちょうだい、と手を伸ばすと、サファイアは残り少なくなったタンブラーと僕を交互に見やったあと、きょろきょろと辺りを見回し始めた。
僕ら二人の他にはたびたび痙攣する、失神したジグザグマしかいない。正直、色々とぶち壊しだった。
今更遅いが、僕は気づいていないフリを決め込んだ。

「ねえ、ちょっと。僕も飲みたいんだけど」

「あ、あげるから、あげるから……、よし」

そう言って、しかしサファイアがぐいっ、と残りの紅茶を飲み干した。
鬼だ。鬼がいる。
……などと考えていたら、サファイアが口を閉じたまま、ゆっくりとこちらに向かってきた。まだ嚥下していないようだ。
ああなるほど、と僕は一瞬で内容を理解して、気恥ずかしさと、――実は嬉しかったりする気持ちを押し隠して、そのまま待ち構えてあげることにした。

最近積極的になってきたなと、柔らかい前髪の触れる頭の片隅で思った。



『きみといっしょ』




あきゅろす。
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