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どこにいる?


『どこにいる?』



首がずきずきと痛みを訴える。
僕は優しくうなじをさすり、お向かいの部屋の窓から見える、何やら人形でいっぱいの女の子してる部屋をじろりと盗み見た。痛みの原因はその部屋の主だ。まだ帰宅していないようではあったが。


その部屋の主であるサファイアに、見事なまでのバックドロップをされた。

素晴らしい流れと素早い立ち回りに驚き、僕はあっけにとられたまま腰に手を回されたのだ。ははっ、サファイアは甘えん坊だなぁと僕が至高の輝きを放つ笑み(いやらしか!と後で顎から蹴り上げられた)を浮かべた瞬間、大地が寝返りをうったのが分かった。
上半身にかかるGが全身を包み込み、空を盛大に駆け抜けるかのような錯覚に襲われて……そして僕は、地面に向かって特攻した。あの有名なサッカー選手など目じゃない。
今でも痛む脊髄に命の危険が薫る。鼻を摘まなければお花畑で走り回ってしまいそうだ。


そんな風にぷんすかしていると、ポケットの中から空気を読まないラヴコールが、不服に狭い部屋の中で短く反響する。特定の人物に対し鳴るメロディをわざと変えているため、嫌でも誰からの電話かは検討がつく。
サファイアだ。


「……もしもし?チャーリーですが」

『あんたはいつからチョコレート工場なんて信じ始めたと?』

「ああ失礼お嬢さん、つい間違えてしまいました。私はチャップリンと申します」

『あんたが演じたら、さぞ素晴らしい悲劇がみれそうやね』


どうやら彼女は皮肉を上手い具合に吸収して覚えたらしい。現代人が野蛮人に言葉で負けるというのは、チャップリンとしてあまりセンスのいい見せ所ではない。
だがしかしながら、僕は今の彼女に勝つことはできないだろう。非があるのは僕なのだから。


『あたしば怒ってるとよ。なんで、なんで……』


そう、非があるのはこっちなのだ。女性の心という複雑怪奇な蛇の巣を、今だに理解し受け止めきれない僕のせいなのだ。



『なんであたしじゃなくてちゃもを先に"可愛い"って言うとね!?』



――まさかポケモンに嫉妬するなんて。
Cuteすぎる。萌え死ねる。さっき死にかけたけど。


『あたしは期待してた!「可愛いね、」のところでかなり期待してたったい!なのにあんたは……あんたって人はーッ!!』

「ゴメンねサファイア。僕には君が眩しすぎて、可愛いなんてとてもじゃないけど言えないんだ」

『今ならあたしは見えんはず!さあ言うと……"KAWAI-!"って!あんたの口から!』

「かわいー」

『うっきゃあああああ!』


サファイアが発狂したようだ。
でも引かないよ?ボク、ヒカナイヨ?
ポケギアを持つ親指が、電源ボタンを押したそうにもがいている。今のサファイアには会いたくないと本能が警告を発しているのだ。狼に狙われるのはいつだってか弱い生物だから。
いつから彼女は恋愛狂になったのかと、悩みながら頭の中に住む昔のサファイアが見せてくれた純真無垢な笑顔を鑑賞していると、階下からママが僕を呼ぶ声が聞こえてくる。
ごゆっくり、と聞こえた気がした。
何が、と叫び返す。
がちゃり、と部屋の戸が怪しく笑う。
こんにちは、という滑らかな声が背後からすうっと背筋を撫でる。
やや遅れて、僕のポケギアからも同じ声が聞こえた。
振り返る。





『そこにいた』

ぷつん、と。
すべてが真っ暗になった。




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