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長編小説


夜が老ければ、飲み屋の騒ぎも落ち着きを取り戻す。
朝から店を開いている珍しい我が家は、早朝夜中は勿論のこと、とにかく昼から夕方にかけてが最も客足の延びる時間帯。しかし星が眩しく瞬くようになれば、中では渋いオッサンがちらほらと酒を飲んでいる程度まで客は減る。このくらいにまでなれば、家族達のヘルパーも必要ない。
ゴールドは頃合いを見計らい、拭き終えたグラスをカウンターの下に仕舞ったあと、床に座り込んでのほほんとしていたベロリンガを揺すった。


「オイ……今日もありがとな。あとで飯持って行くから、もう休んでいいぞ」


ベロリンガはややぼけた目でゴールドを見つめていたが、その言葉を聞くなりのそりと立ち上がった。ヘイお前ら撤収だ!とでも言わんばかりに一声鳴くと、同じく隣でのほほんとしていたポケモン達が一斉に、しかしややおぼつかない足取りで立ち上がる。そのままベロリンガ先導のもと、ぞろぞろと立ち去って行った。その光景を見ていた客も、口々に礼の言葉と酒を傾ける。誰に感謝すべきなのか、よく分かっているからだ。
ゴールドはうんうんと一人頷き、洗い終えたグラスをまた一つ手に取って水滴を拭き取りながら、隣で注文を待ちつつ同じ事をしている幼なじみに話し掛ける。


「なあクリス。最後の回し蹴りは効いたぜ」

「ああもう……今後悔して謝ろうとしてたのに、そういう事言わないでよ」


クリスは申し訳なさそうな表情を浮かべていた。少し前にあんなことやこんなことを平気でしていた少女からは想像もできない表情である。


「ま、ぶっちゃけ悪いのは俺だしな!お前が悪かったなんて思わなくてもいいんだぜ?」

「だめ。私が許せないの。いくら相手が悪くったって、やっぱり殴っちゃったのはいけない事だもの」


なんで手が出ちゃうんだろ、とクリスは小さく付け足す。カチャリと音を立てて、磨かれたグラスが棚に並べられた。
なんとなく気まずくなり、ゴールドは必死にフォローの言葉を探す。が、どうやっても浮かんで来るのは皮肉ばかりだった。正直に言う。俺のばかやろー。


「その……ゴールド。えっと、ごめん――なさい」

「ああ、別にいい。なんか調子狂うから」

「そんな言い方ッ……ごめん」


はぁ、という小さな嘆息が、隣から鋭くゴールドの耳を貫く。
違う、俺が言いたいのはそんな、お前を悲しませるようなのじゃねぇんだ。ああもう、そんな言葉は話半分の半分くらいで聞いてくれていいんだよ!
……声にできない辺りに、ゴールドの臆病さが見て取れた。自分でもほとほと嫌になる部分だ。ろくに告白もできやしない。
こんなんじゃいけねぇ、とゴールドは拭き終えた最後のグラスを棚に置く。何か話題を見付けるため、あれだこれだと脳をフル回転させて、そしてポケットの中のある物に気付く。


「そ、そうだ!クリス、お前にプレゼントが――――」


タオルを放り投げてごそごそと右のポケットを漁り、目的のものに指が触れた。否、掴み取った。
これでどうだ、とゴールドは期待に満ちた高揚感に支配されていた。あわよくば告白だって夢ではない。
中から取り出し、慌てて放り投げてしまったタオルを拾いあげ、丁寧に曇りを拭き取る。そこには傷一つない、綺麗なままの銀細工。
ゴールドは有頂天のままにクリスの肩を叩き、そっとプレゼントを差し出そうとして、その野望がカランコロン、という似合わぬベルの音によって無惨にも打ち砕かれた。いらっしゃいませー!……決して職業病ではない。
入店してきた邪魔者は、じゃらじゃらと煩いチェーンメイルに小さな剣を腰にぶら下げていた。剣の柄に描かれた装飾を見るに、どうやらカントーの近衛隊員のようだ。
その空気読めない"赤髪長髪"の近衛隊員は、まるでこれが公務員の初仕事ですと言わんばかりに緊張した面持ちを真正面に向け、やや小さい声音で話し出した。


「あー……ここにクリスタルという者がいると聞いたんだが」


隊員はキョロキョロと、店内を舐め回すように……ではなく、不思議そうに見渡していた。それには初めて王都を目にした幼い子供のような、そんな目の輝きがあった。


「あ、わ、私です!な、何か……?」


突然の国からの来訪者に戸惑うクリス。それはゴールドも客達も同じだった。
前にも説明したが、クリスはゴールドに対して以外は基本冷静、真面目に堅物さなら守備隊隊長にも劣らないような人柄だ。そんな彼女が、国に呼びかけられるような悪事を働くはずもない。
バァン!という耳をつんざくような轟音が、店内を木霊した。
カウンターを両手でぶん殴ったゴールドは、目つきも悪く言葉を尖らせて怒鳴り声をあげる。


「何の用かは聞きたくもねぇ、迷子のヘンゼル坊やはお菓子の家にでも行きやがれ!」

「……お前は?」

「ハッ、教えると思うか?とっとと帰りな、釜で煮るぞくそったれ」

「いい加減にしろ。公務執行妨害になるぞ」

「オイオイ、最近のお国様は間抜けな犬っころに首輪すらつけねぇのか?」


トドメの一撃になったらしく、それから後は一瞬だった。
ギィイイ!と剣が鞘から抜かれ、刀身が暗い蝋燭の明かりで煌めき、それがゴールドの首元にピタリと押し当てられる。しかし、喧嘩腰のゴールドはピクリとも、それこそ瞼ひとつ動かさなかった。


「忠告はしたぞ……!」

「うるせぇ坊やだ。ケツをお偉いさんに振ってりゃいいのによ」

「黙れ!」


剣先は全くぶれない。しかし、それを握る剣士のはらわたは煮え繰り返っているようだった。
客の幾人かは巻き込まれまい後ろへと避難したが、事の張本人はすぐさま割って入りたい気持ちでいっぱいだった。しかし、その間には彼女ではなく正真正銘の武器がある。たった一振りでその首を跳ね飛ばすであろう、ちゃちなナイフよりも鋭い『凶器』が。
今日何度目の後悔だろうか。しかも、先の見えない後悔なんて。


「国への反逆者には、その場での捕獲、もしくは"殺害"が認められている」

「へぇ、そうかい?ならやってみろよ。テメェの小さいプライドぶら下げてよ」

「……いいだろう」


ゆっくりと、細身の刀身が持ち上げられる。隊員の目はついに、静かな憤怒を灯していた。
誰か!と、やめて!と、必死にクリスが泣き叫ぶ。しかし、それに応える無謀な輩は誰ひとりとしていない。皆がその凶器に怯え、次に来る惨劇に目を伏せる。
家族達はすでに帰してしまったし、彼の母親は厨房にいるので気付かない。
この店では、叫び声などは日常茶飯事だから、気付けない。
再び、クリスが叫んだ。


そして、





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あきゅろす。
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