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長編小説



一言で言い表せばそう、「世界を狙える素晴らしいパンチ」だったのは間違いない。
ゴールドの頭にはディグダが一匹、誕生祝いに産声をあげ、その宿主はおよそ二時間ほど目を覚ますことはなかった。そう、良いパンチだったのさ。
気付けば自室のベッドで横になっていた。ああ今までのは夢だったのかと大きく安堵の溜息を吐きかけて、そして右太股と後頭部に走った痛みに思わず顔をしかめてしまう。
ポケットをまさぐったその中には盗品の小綺麗な指輪。頭には引っ込みつつあるダグトリオ。ゴールドは自分の頬を捩り切りたくなるほど、自分を無性に責めたくなった。大好きなクリスは利他愛主義者でなければならないのだ。そんな彼女に暴力を振るわせてしまった……ああ、未来の妻に勝てる気がしなくなってくる。
このままなら一生尻に敷かれるなと、ゴールドは取り出した指輪を手で弄びながらそんなことを考える。自分がクリスに手をあげるなどありえないので、やはり離婚を防ぐためには従順な下僕になるしかない。ああ、俺はマゾヒストなんかじゃないのに。


「ゴールドさん……全部漏れてる。叶わぬ人生設計が蟻の巣のごとく」


突然の声にハッ!?とゴールドの意識が引き戻される。ノロケきってやがる―――窓を勝手に開いて枠の部分に腰掛けているエメラルドは、舌打ちしたい気分をぐっと堪えて呪文を唱えた。ザラキ。二秒と理性は持たなかった。


「とりあえず……今何時だ?」


決して寝癖ではない前髪の爆発状態を確認して櫛で形を整えつつ、ゴールドはもそもそとベッドから起きて立ち上がる。


「六時半。下はもうだいぶ賑やかになってきたよ。そのうち踊りだす輩が出そう」

「なっ……に、二時間もタイムリープしてる!?」

「美しいフォームだったからねアレ。……クリスタルさんも手伝ってるよ」


ニヤニヤしながらそう付け加えたあと、「じゃ、俺は用があるから」と言い残してエメラルドは頭から外へ自由落下していった。そのまま着地に失敗して縮め、と馬鹿馬鹿しい念を送り、ゴールドは重い瞼を擦ってあくびを漏らす。どうせ発明品なんちゃらで上手に着地しているだろう。
服のシワなどを構わない自営業で良かったと脳天気にそう思い、フラフラとした千鳥足で階下へと繰り出して行った。






階段を降りている時点で、すでに騒がしい声は耳に入っていた。実の母親の腹の中でぐーすかぴーとしていた時も聴いていた騒音だ。忘れるようなことはない。
所狭しと人々が席に着き、思い思いの食事や酒を手にわいわいがやがやと楽しそうにしているその笑顔はまるで子供のようだ―――と、現在絶賛子供体験中のゴールドは思った。
すでにカウンターにはクリスがおり、料理を運ぶゴールドの"家族"達に指示を送ったり、慌てて自分が皿やトレイやジョッキを抱えてテーブルまで運んだりと、せわしなく働いてくれていた。
ゴールドは階段を下ると、右手をついて跳躍、そのままカウンターを乗り越えて中に侵入し、威勢よく飛んできた声に反応してワインのビンを手に取る。安酒だが味の良い赤だ。何でも愛嬌と言わんばかりにコルクを抜き、ビンを傾け軽く口に含もうとしたところで強烈なビンタが後頭部にクリーンヒットした。ガツン!という嫌な衝撃音が頭の中で叫びだし、ゴールドは思わずヒステリックな声を出した。


「痛い痛い痛いねオイ!俺を出来損ないの原人にする気かクリス!?」

「未成年が何言ってるのよ!」


二人目のママはぷんすかぴー!と説教を垂れ、息子の手からワインを引ったくる。コップに注ぐと、それを掲げられたトレイに置いて運ばせる。頼まれた家族――ベロリンガは一鳴きすると、無駄のない動きでそれを注文者に渡した。帰りがけに空の器を受け取る事も忘れずに。
その様子を指差し、クリスは小汚いエプロンをゴールドに押し付ける。


「あなた、あれをどう見る?」

「三点倒立もしくは逆立ちで」


飛来する隻椀の凶器。
しかしゴールドはひらりとかわした。


「違うわ。見習えって言ってるのよ」

「分かったから真顔で人を昏倒させようとするのはよせ」


クリスが愛のムチを構え、ゴールドが逃げ出す準備をする仲睦まじい光景が広がる中、ちょいちょい、とゴールドの袖が引っ張られる。
なんだ?と下を見れば、お手伝いのサンドパンがつぶらな瞳で訴えてきていた。

あの席、お勘定です。

しかし、デスピサロクリスは聞く耳を持たずに剛拳を振りかざし、踊る宝石のゴールドは反応したいのに逃げ出すコマンドしか選択できない。その様子に気付いた客の一人が発泡酒を掲げ、なんとも楽しそうな声を張り上げた。
オイお前ら!クリスタルの嬢ちゃんにいくら賭ける!?
勿論決まっている。全額勝負だ。




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