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長編小説


先程すれ違った王子様は一体何をしていたんだろう、とゴールドは走りながらそんなことをふと考えた。
人垣の隙間に飛び込み、突如として放たれる大声の売り文句に耳を塞ぎ、巻き上がる砂埃が鼻に入ってむず痒くなるのを我慢し、必死に追っ手のジジイから逃げ回るため、ママから貰った手足を乱暴に動かした。背中に担ぐ折りたたみ式の"スケボー"という民主主義かつ生産モットーのシンオウが作った移動手段は、でこぼこしていて人が多い場所では使えない。持って来た意味ほぼねぇな!と一人虚しく叫んでみても、返ってくるのはブーイングの代わりに迷子が唄う泣き声だけ。
いいから手足を動かそうと、ゴールドは両手をふりふり腰をふりふり駆け抜ける。街道さえ抜ければあとは国境――とは言っても同盟国だけど――を抜けるだけだ。どうだ露店商のジジイ。金を渋るからだよザマーミロ。


「しっかしまぁ……持って来れたのは指輪だけか」


ポケットの中で揺れを楽しんでいるに違いない、装飾がなんとも美しい銀の指輪のことを思い出して、ゴールドはぽつりと呟く。赤ん坊が眠るには少しハードな動きだ。が、金属の盗品にはちょうどいいかもしれない。そんな下らない事も考える余裕があった。
もはやてっぺんハゲの街灯ジジイの声は聞こえないし、本来なら盗みを取り締まるはずの守備隊の姿も見えない。景色が清流の如く流れていく様を横目で確認しつつ、ひっそりと優越感に浸ろうとした所で声が聞こえてきた。後ろからだ。


「ゴールドさんって詰めが甘いよね本当……誰のお蔭さまで無事にジョギング出来てると思ってるのかな?」

「おう、そりゃあ常日頃から鍛えてる、俺様の割れに割れた腹筋だろう?見ろよこの筋肉」


カッチカチだぞ、と言いかけたところで、目の前を掠めたナナの実の皮に声が遮られる。うわっ、と足元に落ちた危なげなトラップをひょいと飛び越え、ここは一発嫌味でも言ってやろうかと、勢いを殺さないようにうしろを向いてバック走する。
まず印象に残るのは、見事なまでに三日月の形と色をした髪型。額に付いている翠色の宝石がキラリと陽の光を反射し、足元を見れば、バネのような金具が付いた靴底でぴょんぴょんと跳ねて移動している様子が見て取れた。ゴールドはその少年――エメラルドという――に向き直る。だが自分、前を見ていないというのに、結構な速度を出せていた。やれば出来るものだ。


「おまっ、危ねえじゃねぇか!」

「盗みやらかした犯罪者に危ないって言われてもなー」

「黙れ共犯者!クロワッサン頭が聞いて呆れるぜオイ!」

「何だと!?俺がいつ自分のことをピンセット使わないと摘めないくらいドチビだって言った!?」

「んな事一欠片も言ってねぇよ!」


はた迷惑に煩い口喧嘩をしながらバック走をするゴールドと、バネを付けて跳ね回る小さいエメラルドの姿はどうやら群集の目の肥やしになったのか、こちらに野次やら応援の声が飛んできた。それに影響され、二人はついに謎の攻めぎ合いを始め出す。パンチ、避ける。マジックハンド、引き抜く。カウンター、受け流す。
しかし、途中から口々に発せられる声が切羽詰まったものに変わりだした。だが勿論走っているから聞き取りにくいに決まっている。無視してエメラルドに雑言とストレートを繰り出そうとして、それが間違いだということにようやく気付いた。悪口を言いかけたこのキュートな唇ではなく、周囲の意見を聞かなかったことに、だ。
ドン!というよりはゴン!という擬音のほうが正しいか。ともかく、ゴールドの後頭部に太い木の枝が激突したことに偽りはない。ちらりと見えたサイズ――わあ、栄養満点の大根並だ。


「がッ!?……づぅ……!」

「いよっし隙あり!」

「お、待っ……、」


痛がるゴールドにニヤリと笑みを向け、迫り来る三日月の頭突き特攻。正面からの光景はまさに角獣の突撃シーンそのものだ。
バネによって加速する小柄ながらも重い弾丸がモロに腹部を直撃したところで、自分の意識と胃の中身が軽く吹き飛んだ、そんな気がした。かろうじて意識が残ったのは、再度後頭部を襲った激痛のおかげなのか。ゴールドは今なら山火事を起こせそうな気がした。主に怒りを樹木に蹴りつけるために。





「なんで、あなたは、こんなに、ボロボロなの!?」

「ごめんなさいお母様!」

「ゴールドの母親になった覚えはないわ!」


国境を飛び越え、小生意気な共犯者とすったもんだを繰り返しているうちに、ゴールドは幼なじみの少女が住む森小屋の前に到着していた。そんなこちらの下らない取っ組み合い付属の口喧嘩に気付いたのか、幼なじみ一号はマイホームのドアを突き破るような勢いで開けて登場し、こちらに寄って来て開口一番に怒鳴り声の説教を体中に染み渡るように浴びせてくれた。今日はもう風呂に入らなくていいか?
……なんて皮肉が通じる相手ではない(なんせ大まじめに言い返してくるんだからな!)ことは良く知っている。けれど、からかいを返さずにはいられない。なんせ俺、こんなのに惚れてますから!ベタ惚れですから!可愛いんだよ文句あるかちくしょう!


「悪いママン。ちょっと帰りがけにエメラルドと揉めちまってよ」

「そうそう。肉じゃがに入れるこんにゃくは糸か固形かでさ」

「ママンやめなさい。……嘘ね、ならなんでダグトリオのなり損ないみたいな頭してるのよゴールド」


呆れ顔で決定打を決められた二人は、もはや観念するしかなかった。仕方ないだろう、相手はカントーの守備隊総隊長よりも恐ろしい堅物のいい子ちゃんだ。物理化学でゴールドが勝負を挑むのと同じくらい無謀な嘘など、ママンにとっては屁でもないだろう。


「べ、別にいいだろ喧嘩くらい!クリスタルのママンはケツの穴が小せぇな!」

「そろそろキレていいかしら……あと下品だからよしてそれ」

「お尻の穴の小さいことでございますね!」


コブシでいいわね?と、淡々とした表情で手を握りしめるクリス。般若が背後に浮かび上がり、周囲はゆらりと陽炎のごとくひん曲がる。エメラルドはバネを使って外へと逃げ出し、ゴールドが俺も連れて行ってくれと頼めば、「残念だけど……」と走り去ってしまった。良い判断だ。きっと俺もそうするだろう。


「どうせだからトリオにしましょう。そのうち穴を掘ってあなたの頭を綺麗にしてくれることを願って」


いつかあのクロワッサンは締めてやると心に誓い、ゴールドは甘んじたくもない鉄拳制裁を受け止めるため、大人しくその場に土下座した。



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あきゅろす。
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