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長編小説


母国の第一王子が逃走を計ったというのに、城の中はいたって慌てた様子もなく機能していた。
全員が"お守り役"である近衛隊長のことを信じているからなのだろう……かくいうブルーもその一人である。
勤務に就いてから日の浅いシルバーは、そのことをまだ知らなかったようだ。
無理もない、何せ王子の監視にとシルバーを寄越したのは、紛れもなく自分なのだから。これも丁度いい勉強になったろう。
いまだ落胆しているシルバーのそばにそっと近付き、それから近くにいた侍従の一人に手を振って、部屋から一時的に追い出した。
肩にポンと手を置いてやり、笑いを堪えながら、今できる精一杯の優しい声音で語りかけてやる。


「シルバーのせいじゃないわよ?そこまで自分を責めることなんてない。……それに、あのバカを捕まえるのに、私とグリーンがいればどうにかなるから」


するとシルバーはぐるん!と首をこちらに向けた。
綺麗な顔立ちが勿体ない。戸惑いで全部台無しだ。


「……は、え?姉さん、それは一体どういう」


うん、我ながらの弟にして物分かりが悪いようね。でも混乱してるからってことで妥協しましょうか。
私は汚れの目立たない真っ赤で高級そうな絨毯に煙草の灰でも落としたくなり、でもそんなことしたら給料が天引きされるのですぐに思い直す。というか私は煙草なんて吸わない。
大きく息を吐いて足を組み、シルバーにどんな捻くれた答えを上げようかと考えて……そうね、これがいい。
放心状態と捉えたくなるほど静かで、けれど先の言葉の意味を知りたいらしいお隣さんのシルバーに、優しい私はヒントを与えることにした。


「ねぇシルバー。ロミオとジュリエットのお話は知ってるかしら?」


そう口にすると、シルバーは訝しげにボールを投げてきた。


「知ってるけど……それが?」


「そういうことよ。私とグリーンの仲はレッドのそれよりも短いけれど、でも不幸の恋人たちよりは優秀っていう、ね」


今度は背中を軽く二回ほど叩いてやり、おまけにスマイル……ではなくウインクをくれてやった。
私の可愛い弟はその一連の行動に呆気にとられたのか、私が部屋から出ていくギリギリまでしばし悶々と悩んでいたようだった。







ずりずりと馬鹿な王子を縛って引きずり回すこと小一時間。グリーンとレッドはちょうど、城の裏門まで回り込んでいた。周囲には人影などほとんど見当たらなく、鬱蒼と生い茂る自然の力自慢がそれを助長しているようにも思えた。
わざと遠回りしたせいだろう、ぐったりと力尽きたように俯くレッドに、半刻前の面影は微塵もなかった。よほどあの街道は堪えたと見える。石ころだらけだったもんな。

動かない屍のようなレッドをうんざりと見つめ、それからグリーンは戸口前に佇む二人組の門番に話し掛ける。――オイ、と。


「カントー近衛隊総隊長のグリーンだ。間抜けを連れ戻してきた」

「許可証、もしくは身分を証明するものはありますか?」

「間抜けのツラでも俺の格好でも駄目か?」

「変装の可能性もあるので……仕事ですから」

「オーケー、少し待て」


敬礼と苦笑いを浮かべて返すところ、流石うちの兵士だ。俺が扱ってる近衛隊員とは質が違う。
今度この二人と教育した守備隊の教導官の給料を底上げするように申請しよう、とグリーンはひそかに思った。レッドも見習ってほしい。ヘンゼルとグレーテルの辺りを特に。
グリーンは体中のポケットをまさぐり、鎧に何か彫られていないかと探し回り(チェーンメイルのどこに模様を彫るんだ?)、そうだ、剣があるじゃないかと引き抜こうとして、「変装、」と門番に小さく囁かれたので盛大に舌打ちをした。身辺のものはこれで全部だ。他に何か無いかと思案する手前、ここで無理を言うのは気が引けた。
レッドはどうせ軽装で、身分を証明できるものなど持ってはいないだろう。
回想という名の浅い河に服を着たまま飛び込もうかと思い始めたその時、不意にある言葉が浮かんだ。


「"騎士の誇りは成果と勲章にあり。しかし私はそれが大嫌いだ"……これなら?」

「おお、文句なしです。グリーン総隊長!」

「失礼いたしました!」


門番二人はふざけたように敬礼すると、扉を開いてグリーン達を迎え入れる。俺はこんな言葉を残した"前任者"に深く感謝し、いつかポッポでもプレゼントしようかと皮肉を添えた。
門番に礼を言い、レッドを引きずって城の中へと入り込んだ。あとでブルーに搾られろ、と青筋立てて呟き、グリーンは豪華な迷路に一歩を踏み出した。


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あきゅろす。
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