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モノクロリズム

(モノクロリズム)
大好きなのに、それなのに





『こっち』


『、あ』


手を引かれて、彼の左側へと連れられる。手すら繋いでくれない彼に何事かと、一瞬抱き締められるのかと期待した。だけどその瞬間に彼の横を通った赤い車に私は理解する。


ああ、護ってくれたのだ


『危なっかしいなァ、本当に』


『あ…有難う…』


さりげない、彼の優しさが嬉しかった。だけど、あの時一瞬触れた手は私の腕からすぐに離れて、何もなかった時間へと逆戻り。嬉しかったのに、虚しさが倍だなんて変な感じだ。


『俺なんかに護られてちゃ駄目だろ』


『うん…』


私達にはお互いに大切な人がいる。もしかしたら彼だけに居るのかもしれない。彼は、結崎君にはとても可愛らしい彼女がいて、私にも大切な彼氏がいる。いつからいたのか、いつまで続くのかも分からない、そんな存在。


私には記憶がない。目覚めたら記憶を失っていて、気付いたら私は剣持 昂生という彼氏がいた。


『ナマエ…』


彼の事を思い出す時、決まって結崎君は哀しそうな顔をする。何でかは分からない。何故私が彼の事を思い出している事に気付くのかも分からない。単に勘が良いだけとは思う事が出来ないぐらいに高確率で、私の内側を当ててしまう。


『ナマエは今、昂生と居て幸せか』


『……昂生ちゃん、と…』


分からないというのが本音だった。昂生ちゃんは不器用だけど優しくて、私を大切に扱ってくれる。技骨なく抱き締められた時は愛しさで胸がいっぱいになる。だけど何故だろうか、その瞬間に胸が痛む。抱き締められている時間が苟且の時のように、


『私は、』


幸せなのだろうか


記憶はないけれど、記憶が無くなる以前の私は幸せだった。それは昂生ちゃんと築き上げた幸せなのか、昂生ちゃんに触れられる度に締め付けるあの痛みはそれを否定しているのだろうか。


『結崎君…私、分からない…』


自分で結崎君と呼んだのに、無性に泣きたくなった。私は結崎君の事が好きなのだろうか。心にぽっかりと空いた穴に何故か彼がすっぽりと入ってくれそうな、そんな気がするのは気の所為だろうか。記憶がないのを良い事に、虚しさを彼で埋めようとしている自分がいる。


だって分からない。


彼の隣に居るだけで泣きそうなぐらい幸せな気持ちになる。手を繋ぎたいと、抱き締めて欲しいと願ってしまう。


『…私が記憶を失う前、私は結崎君を』


『ナマエ…っ』


言い掛けた言葉を結崎君の声が遮る。荒々しい、私の前で初めて見せる結崎君の焦った表情。何が彼をそうさせるのか、見えない彼の心の内。


『思い出しちゃ、駄目だ。思い出したら…駄目なんだ』


私の方を向かずに、まるで自分自身に言っているみたいに、結崎君は唯否定する。そんな結崎君を見ているのが辛いと、私の中に眠る記憶がそっと語り掛ける。


私の記憶は、彼で構成されている。


言葉には出来ないけれど、確信があった。その確信すらも、触れてしまえばあっさりと溶ける雪のように儚いものだけれど。だけど、それでも私には十分な記憶。


私は彼が好きなのだ。


『結崎君、』


『駄目なんだ…俺、お前を傷付けるから…』


泣きそうに、自分を責める彼の瞳が痛い。好きだと伝えれば、私の記憶は戻るのだろうか。それとも今よりずっと胸が締め付けられて、泣きそうな彼の隣で泣いてしまうのだろうか。


『俺はナマエを護れないんだ…』


ああ。私の記憶が消えても、彼の記憶は消えないで、ずっと彼を苦しめている。私だけ、私だけが記憶を無くしてのうのうと生きているなんて最低だ。記憶が無くなって、リセットされた私の頭では彼がどれ程辛いかなんて分からない。分からないからと、与えられた設定が本物の記憶だと勘違いしている。


『亮ちゃん、ごめんね…』


今はこれだけしか思い出す事は出来ないけれど…



















(愛の告白は、永遠の痛み)




それでもナマエは、亮ちゃんが好き。


















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20101121めぐ
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あきゅろす。
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