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誘いの月、揺らぐ世界

(誘いの月、揺らぐ世界)
ああ、好きなのに、届かない







ナマエ先輩が、帰って来た。僕が尊敬して、大好きなナマエ先輩が。先輩が交歓留学生として月詠学院に行って、未だ一ヶ月程しか経っていないのに、もう何年も経ってしまっていたかの様に、僕にとっては永く、虚しい一ヶ月だった。


『ナマエ先輩っ、お帰りなさい…ッ』


先輩は、失礼だけど僕より年上とは思えない程幼くて、可愛らしい。並んだら身長だって僕より低いし、僕より泣き虫だから…こういう人を護ってあげたいと思える存在なんだと思う。


それなのに…


『失敗しちゃったな…』


天照郷に現れた天魔の討伐で、ナマエ先輩に格好良いところを見せようとしたのに、逆にやられてしまって大失敗。先輩に寮まで送って貰って、今は療養中。体調は良くなったけれど、これじゃあ余りにも格好悪い。


『結崎先輩は大丈夫、かな…』


僕と一緒に天魔に立ち向かった結崎先輩も、酷くやられてしまった。あの時、泣き叫んだナマエ先輩を見て、怪我の痛みよりも胸の痛みが大きかったのは多分…。


結崎先輩は、ナマエ先輩が大好きだと言っていた人。いつだって、何をしていたって、ナマエ先輩は結崎先輩の事を想っていた。言葉には余りしなかったけれど、嬉しそうに昔の写真を眺めるナマエ先輩を見た時、その視線の先に結崎先輩がいると知った時…


あの時から僕は、どうあっても結崎先輩に敵わない事を知った。


『ああ、結崎先輩にお礼を言わないと…』


結崎先輩だって傷付いたのに、僕を寮まで送り届けてくれた。確か、結崎先輩も寮に泊まっている。安静にしろと言われていたけれど、お礼を言わなければと立ち上がる。重い身体を引き擦って、僕は部屋の扉を引いた。


夜の蛍雪寮は暗くて、床なんか歩くだけで軋む。振り返れば何か、怖い思いをしそうだ、なんて…こんな事を思う僕は本当に子供だ。


『…ナマエ……』


『え…』


結崎先輩が宿泊している部屋から聞こえた名前に、大きく胸が跳ねる。ナマエ先輩が結崎先輩の部屋に居るのだろうか…部屋の明かりは既に消えていて、ナマエ先輩が居るかどうかは確認出来ないけれど…


『ナマエ…』


呟く様に、何度もナマエ先輩の名前を呼んでいる。それは、部屋に近付くにつれて鮮明に聞こえて…気の所為だろうか、昼間に聞いた結崎先輩の声とはどこか違う様な感じがする。


『っあ…亮、ちゃ…んんッ』


『……ッ』


部屋の前まで来て、扉に手を掛けた瞬間、


『ふ、あ……ん、…や、ああ…っ』


聞こえたのは、ナマエ先輩の声…


『ナマエ、気持ち良いだろ…』


『んっ…だ、め……声、出ちゃ…ふァ…っ』


思考が停止してしまう程、ナマエ先輩の艶掛かった声が僕の耳に入って来る。僕より一つ年上だけど、幼くて可愛らしい先輩とは違う、同じ先輩なのに違う先輩の声。


『ああ…んッ…あ、あ…っ』


『ナマエ、先輩…』


扉の向こうで何が起こっているのか、分かりたくはないのに、分かってしまう。こんな時、何も知らない子供なら良かった、なんて…僕の頭はそれ程都合良くは出来ていない。一枚壁を隔てた先に、僕の知らない先輩が居る…


『…っんう…ひ、ああ…んん…ッ』


駄目、なのに…いけない事なのに僕の手は扉に触れていて、僅かな隙間を作っていた。廊下と同じ程暗い部屋は、月明かりに照らされていて、目を凝らせば何とか2人の姿を捉える事が出来る。息を殺して、部屋をそうっと覗き込む自分を、僕はもう留める事が出来ないでいた。


『ナマエ…、やらしいな…』


『やっ…そこ、舐めちゃ…やァっ』


月明かりに照らされた、2人の姿…ナマエ先輩の身体に顔を埋めた結崎先輩が僕の目を完全に捕らえてしまう。身体を跳ねさせるナマエ先輩は、涙声なのに気持ち良さそうに身体を震わせて…


『イ、イク…イっちゃ…んあああ…ッ』


『っ…』


黒い影が大きく揺れる。小さなナマエ先輩の影が、何度も痙攣して、甲高い声が僕の耳を支配した。


『ナマエ…もっと、聞かせて…』


『ふあ…亮ちゃん…亮、ちゃァん…』


細い腕が結崎先輩の身体に伸びて、二人の指が手遊びみたいに絡まる。何より、甘ったるいナマエ先輩の声が、この先を懇願しているみたいに聞こえて、


ああ…また、胸の奥が痛むんだ…


心臓を鷲掴みされているかの様に苦しくて、痛くて…切ない。


僕が尊敬して、大好きなナマエ先輩は僕より小さくて、泣き虫で、護ってあげたいと思える存在で…


『亮ちゃん…好き…ひ、ああ…ッ』


『ナマエっ…力、抜いて…ッ』


僕は、先輩が大好きで…


気が付くと、目から次々に涙が溢れ出していた。


身体が熱くて、頭が朦朧とする。僕は結崎先輩の代わりになりたいと思っていた。先輩を護りたいと、幸せにしたいと…唯それだけだと思っていたのに。


悔しい、切ない…。ナマエ先輩の、あんな切なくて愛しい声を僕は未だ聞いた事がなかったのに。結崎先輩は、どんな姿のナマエ先輩も、どんな声の先輩も知っている…


『んあ…あっ…ああ…ッ』


僕は、ナマエ先輩を…


先輩を抱きたいと、思っていたんだ…


きっと、きっと…結崎先輩みたいに、ナマエ先輩を抱きたいと願っているんだ。


『あ、んん…ふァ…っ』


『…っ、』


月明かりに照らされた2人が…僕が結崎先輩と同じ位置に居られたら、きっとこの身体も鎮まってくれるのに…。どうして僕は結崎先輩じゃないんだろう


身体の力が抜けた瞬間、虚しさが波となって僕を包んだ


















(欲望は熱となって飛び散って)


それでも未だ、収まらない…



















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100405めぐ
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