左頬の愛
『ちょッ…ちょっと待てよ!なまえッ』
そういって、数歩後ろから注がれる声にアタシは顔がニヤけてしまう…
【左頬の愛】
事の発端は、この男がアタシとのデートに遅刻した上に可愛い女の子に声を掛けていた事
『京一…おっそいなぁ…』
約束の時間になっても、その姿は無く、連絡の一つさえ掛かってくる気配もなく仕方無しに自分から京一の携帯に掛けるがその先に聞こえてくるのは延々と続く呼び出し音
『まだ寝てるとか?』
いつまでも立っているのも疲労と苛立ちが増すだけと近くの石段に腰掛けた。溢れるのは溜め息ばかり…
そんな落ち込んだアタシの耳を掠めたのは聞き覚えのある奴の声
『…京一?まさか…』
自分に確認するように独り言を呟くと声のする方に視線を向け、人混みの中から彼を探した
何度も首を回して周りを探し、偶然にも見つけられたのは数人の女の子に声を掛けている楽しげな京一の姿
アタシは今すぐに殴りたい気持ちを押さえ込み、ゆっくりと歩み寄り…
『…あっれー?もしかして、き・ょ・う・い・ち?』
なんて、冷たい微笑を湛えながら声を掛ける。本当アタシは可愛くない…
きっと可愛い女の子なら、涙の一つでも零して『京一…酷いよ…』なんて台詞を吐く場面なのにね
彼といえば、そんな私の顔を見るや否や『…あッ…やべ…』ってペチンッと自分の額に手を当て
数人の女の子にまた今度な?と言って女の子の集団から抜け出し、あたかも最初からアタシの隣にいたかのようにアタシの隣を陣取り
『よしッ…!行くか!』
なんて、謝罪する事もなく肩を抱いて、今まで楽しげに話していた女の子達は、アタシに怪訝な顔を向けると『また遊ぼうねー!』なんて、京一に手を振り
京一は京一で『おぅ!じゃーなッ』って、ヒラヒラとその手を振り返し、その全てがアタシをより一層不機嫌にした
アタシは女の子達が視線の先から消えた事を確認すると肩に回された腕を振り払い、そのまま彼に平手打ちを飛ばす
でも、その掌が京一の頬を捕らえる事は無く、京一の頬ギリギリのところで手首を掴まれ拘束された
『おっと…危ねぇ危ねぇッ』
手首に視線を向けてボソッと吐いた言葉に
『放してよ!京一なんて大ッ嫌い!アタシとの約束すっぽかしてまで他の人と遊びたいなら、もう…勝手に…』
と、怒鳴ってみたが不覚にもいつの間にか涙が溢れて、その先の言葉を続ける事は出来なかった
『なまえ…?』
『おーい…なまえー…?』
泣いている顔を見せたくなくて、両手で顔を隠すアタシに京一は背の高さを合わせるように屈んでは、困り顔で声を掛ける
『泣くなって、なまえ…な?』
そういって、アタシをスッポリと腕の中に抱き寄せる京一
『京一…は……アタ…シの…事…』
子供みたいに泣きじゃくるアタシの声は途切れがちで、しかも不細工な顔…
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