100725〜110110
(打音堕落)
堕ちる前の心音
目を閉じて、一番に思う事は明日のスケジュール。
『朝10時から支部会議、昼一本社会議だから12時には会社出て…』
誰もあたしの予定は狂わせない。自分のリズムがあるからこそ、あたしは当時の同期達よりも早くに一つのチームを任された。これは誇りだ、あたしの自信にも繋がる。だからこのリズムは誰にも崩されたくはない。
唯、一人を除いては…
『あ、姉ちゃんもう寝てた…』
『……起きてるよ』
ノックもせずに、入って来たのは5つ下の弟。今年の4月に大学進学の為、大学から近いあたしのマンションに住む事になった。両親や彼氏でさえ崩す事の出来ないあたしのリズムを崩す存在。謂わば、唯一の強敵だ。既に落ちかけた瞼を引き上げて、ベットの傍に置いてあるスタンドの明かりを付ければ申し訳なさそうに佇む弟の姿。
『なんか眠れなくって…』
歳は18だと言うのに、弟はまだまだ子供だ。あたし達が未だ小さかった頃と変わらない甘えん坊な性格。身体だけ成長した今も、甘えん坊な性格だけは治らない。ところがそれが周りの友人達の前では男らしい態度を取り、あたしの前でしか甘えない辺り、あたしは弟にとって特別な存在だった。
『ホットミルク作ろうか』
昔から、寝付けない時はホットミルク。小さい頃から弟にホットミルクを作るのはあたしの役目。牛乳と砂糖を火に掛けるだけの安眠剤だけれど、砂糖と熱の加減を少し間違えればホットミルクではないと弟が言っていた。今夜もまた、牛乳と砂糖だけは切らさず備えてある台所へ向かおうと、立ち上がって弟の立つ扉へと向かう。
これで30分のリズムが崩れる。
『ねー…ちゃん…』
『どうしたの、顔赤いよ』
明かりに照らされるまで気付く事のなかった弟の顔はほんのり赤い。酒でも飲んだのだろうか、それにしては酒特有の嫌な香りがない。
では熱でもあるのかと、弟の額に手を伸ばした途端…
『っあ……ッ』
ぐらりと身体が傾く。何だ、何があったんだと思考を巡らせる暇もなく感じた背中の痛みと重み。90度の回転の後、視界に広がった景色は半分以上が弟の顔で遮られてしまう。それで全てを理解した。理由は分からないけれど、あたしは弟に押し倒されていた。
『姉ちゃんの事考えたら、身体熱くなって、我慢出来ない…』
『駄目、それはいけない事』
擦り寄せられた弟の身体は本当に熱くて、熱があたしにも伝わってくる。頭がぼうっとして、それでもいけない事への抑制が自然と働く。
『いけない事……だって、姉ちゃんは俺を家に住ませてる。』
『それは…姉弟だから…』
他の誰でもない、大切な弟の進学をあたしは喜んだ。だからこそ、4年間マンションに住まわせてくれと頼んで来たこの子の頼みを断る事はなかった。だってまさか、あたしのリズムをここまで狂わせるなんて思いはしなかったから…
『俺だって男だよ。こうやって、姉ちゃんを押し倒す事だって出来る』
『ま、待ちなさい…っ』
ぎりっと弟の腕があたしの腕に食い込む。相手が弟でなければ強姦紛いで拒絶の悲鳴を上げているところ。だけど拒む事は出来ない。相手は弟だ、血の繋がった大切な身内だ。力任せに拒む事なんて出来やしない。
『姉ちゃんは…俺を突き放すの……』
『…っ』
泣きそうな、潤んだ瞳に抵抗力を奪われる。弟は卑怯だ、無邪気な顔とは裏腹に姉であるあたしから拒否権を奪う。
『俺は、姉ちゃんしか愛せないよ』
その一言が、あたしのリズムを永く狂わせるんだ…
(時計の針が反回転)
もう、戻る事は出来ない…
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