2 『ナマエ、今ロクサスの声が聞こえたけど』 『うん。ソラがずっとご飯食べてるから呆れてたよ』 それじゃあとロクサスさんが人混みに紛れて居なくなった後、頬に有りったけの料理を詰め込んだソラが隣にやって来る。あたしの一言にソラはショックを受けたのか、思い切り哀しそうな表情を浮かべるものだから、少し可哀相な気がして、早くも冗談だよと認めてしまった。 『ソラがパーティーを楽しんでくれて良かったって言ってた。』 『うん。ご飯は美味しいし、めちゃくちゃ楽しいっ。でも…』 楽しさを笑顔で表現してから、頬に詰めた料理を飲み込む。これだけ惜しみ無く楽しさを表現するソラを見れば料理を作ったシェフも作り甲斐があっただろう。嬉しそうに笑った後、続く言葉を一旦切ってからソラはあたしの両手を握って、 『ナマエも…ナマエも楽しまなきゃな』 『え……』 ソラの一言にタイミング良く、背後から静かな音楽が流れ出す。何事かと振り返ればいつから居たのか、ステージには楽器を持った人達が一人の指揮者に従いながら楽器を奏でていた。音楽は、授業で習う程度で全く詳しくないけれど、耳に流れる楽曲が舞曲である事。またそれが舞曲の中でもウィンナワルツに使用される事だけはなんとなく分かる。 『踊ろう、ナマエ』 『で、でもあたし踊り方…わ、わ…っ』 分かったとしても踊れるかと聞かれればまず無理だと言うだろうあたしの手を引いてソラが踊り場へ出る。歩き難いヒールで覚束ない歩き方のあたしを力強い手で支えるソラの存在が大きく見える。横切った演奏者の一人にデミックスさんが見えたのは気の所為だろうか。 『ソラ、踊れるの』 『まさか。でも、こういうのは楽しんだ者勝ち…だろっ』 ここでソラが踊る事が出来たら出来過ぎた話だろう。だけど確かに楽しんだ者勝ちというのは一理ある。だから少しだけ、ソラが踊る事が出来ないと聞いて安心した。軽やかなステップなんて必要ない。大切なのはきっと、あたしの手を握ってくれるソラと一緒に楽しむ事… 『足、踏んじゃったらごめんね』 『大丈夫っ、踏まれても手は離さないからさ』 手を組み合わせて、同時に足を出す。思わずソラと同じ側の足を出してしまって、言った傍からソラの足を思い切り踏んでしまった事は最早お約束。だけれど、ソラは一瞬苦笑いを浮かべただけで、本当にあたしの手を離さなかった。 『あたし達が回ってるんじゃなくて、会場が廻ってるみたい…』 『じゃあもっともっと廻ったら、世界も廻っちゃうかも』 あたしの仕様もない話にソラは笑って、自分の腕の中にあたしを潜らせる。ソラを軸にあたしが廻って、まるであたしの世界を表しているようだった。力強いソラの手、いつでもあたしを救ってくれるソラの笑顔。 大好き、どうしたってあたしはソラが大好きだ。 改めて想うのも何だか変な感じだけれど、この気持ちはどうしたって、何があったって崩れはしない。 『ソラ、大好き…』 『…ナマエ…、ナマエ、ナマエっ』 うっとりと呟いたあたしを現実に引き戻すぐらいに響いたソラの驚いた声に、あたし自身も身体に違和感を感じた。この浮遊感、この少しだけバランスの取り難い身体。 これは… 『飛ん、でる……』 『ナマエ…っ』 驚いたのも束の間、飛んだという実感に浸る間もなくソラに抱き締められる。未だ完璧に飛ぶ事が出来ないあたしは勿論バランスを崩し掛けたけれど、背中をソラが支えてくれるから大丈夫。 あたし、飛んでいる… どうして、どうやって…色んな疑問は浮かぶ。だけどどんな理由を付けたとしてもあたしが飛んでいる事実に変わりはないのだから、最早理由なんて必要ないのだろう。あたしが飛んで、それはまたソラを信じる事が出来た。そしてソラがとても喜んでくれている。その事実だけで十分満足出来た。 『ナマエ、このまま踊ろう』 『うん。ずっと手を握っていてね』 地面に足を着いていればソラの足を踏んでしまう。だけれど飛んでいるのならステップなんて関係ない。その分不安定で怖いけれど、ソラが手を握ってくれていれば大丈夫。向き合って、再び手を組み合わせれば流れる演奏がリズムを変えた。 ←→ |