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海の揺れは穏やかで、どこまでも続いている。潮の香りが鼻を掠めて、それはあたしを通り抜ける風が運ぶもの。太陽の眩しさは空の青さが引き立て役となり、果てしなく続く空に輝く太陽が空の存在を引き出している。


『その中にあたしがいる…』


きっと現代に居たら気にする事もなかった世界の理。全てが全てに支えられている…人間と同じ様に、支えられている事に気付いていないかもしれないけれど、万物は万物の存在の元に成り立つ。あたしだって、ソラに出会わなければ気付かなかった。友達という存在が、あたしをこの場に存在させている事を。


『ソラは…どうなんだろう』


こんな考え自体おかしいのかもしれない。ソラだってソラという存在の後ろに何かが在る。世界の理にソラの定義が在る。だけどその定義の中にあたしは存在しているのだろうか。ソラを支えているものは一体何なのだろうか…


『カイリ…』


『え…』


背後で聞こえた名前に身体が自然と揺れ動く。見知った声、ソラの声だ。だけど違う、知らない声…ソラじゃない。その事に気付いたのは振り返るより先に大きく揺れた波と、時を留めるかの様に吹いた一瞬の突風…


『カイリ、そして…疑いを知らない馬鹿な心が、あいつを支えている』


この世界には存在しないだろうと思っていた虚無の言葉よりも振り向いた先に思考が遮られてしまう。目が乾くのは開いた瞳を閉じる事が出来ないから。潮の香りを感じる事も、揺れる波の音を聴く事も許されないのは感覚全てが視覚に注がれてしまっているから。そしてあたしの身体を凍り付かせるのは目の前の姿に世界が留まってしまったから…


『ソ…ラ……』


目の前にはソラがいる。


顔も姿も声も、目の前にはあたしが良く知るソラがいる。違うところと言えば透ける様な薄茶色の髪が漆黒だという事と、ソラには余りにも不釣り合いな言葉を吐いたという事。


『…誰、ですか…』


シオンさんやラクシーヌさん、アクセルとは違う…情けないけれど、あたしの身体は小刻みに奮え、その奮えが声にも顕れる。あたしは彼に恐怖心を抱いている。多分、キングダムアイランドだけでなく、今まで生きて来て、初めて感じる程に強い恐怖心。ソラに似た彼を前に、あたしはそう吐き出すのが精一杯だった。


『あいつは知らない。誰しも心に闇を秘めている事を』


風に乗せるには余りにも重い、言葉。あいつ、とは恐らくソラの事を指していて、ソラに似た彼は無表情のまま唇だけを微かに動かして呟く。ソラの友達とは言い難い、動かない頭で彼がソラと対立の立場にあるという事を理解する。


『あいつは闇を求めない…求めようとはしない。何故だか分かるか』


彼の質問に首だけを振って、考える素振りを見せる余裕はない。この場をどう切り抜けるか、それだけを考える。あたしが歩いて来た道には彼が立ち塞がり、あたしの後ろには海が広がる。逃げ道は左右に伸びた砂浜だけ。隠れる物は一つもなく、この場を切り抜ける術は彼が隙を見せるか否かに掛かっていた。


あたしの様子を眺めていた彼の口が歪む…その、刹那…


『…教えねェよ』


『 』


身体が浮いたと思った瞬間に砂浜に呆気なく打ち付けられた。声を上げる暇もない程に強烈な痛みが身体を襲う。砂浜でなければ今頃骨が逆様に曲がっていただろう衝撃。痛みに身体を曲げていると、彼は更に言葉を続けようと口を開いた。


『教えてやっても良い事は二つ。一つ目…俺はヴァニタス、闇の住人だ。そして二つ目…』


ヴァニタス…そんな情報は正直、この場では要らない情報だった。必要なのは彼が一瞬の隙を見せるか否か。彼の動きを慎重に見詰め、痛みで熱くなった身体をゆっくりと冷ます。チャンスは恐らく一度。その一度のチャンスに身体が動き、逃げ切る速度に身体を預ければ良い。


『俺はお前を…』


ゆっくりと彼の瞼が地面へと落ちる。ヴァニタスが一度、瞳を閉じた。


今しかない…


そう思った瞬間に砂浜を手で押し返し、バランスを保つ間もなく走り出す。森に入れば少しの勝機が存在するかもしれない。その僅かな可能性はあたしの身体を動かすには十分な原動力となる。縺れそうになる足を懸命に動かし、その軌跡は弧を描き、森の中へと身体が向く。


『はっ、逃げても無駄だ』


すぐ後ろに突風が巻き起こり、それがヴァニタスが放ったものだと理解した瞬間に、身体は森の中へと飛ばされていた。























あきゅろす。
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