[通常モード] [URL送信]
3






『アクセルっ、来てたんだ』


『遅ェよ、ソラ』


やんわりと、アクセルの左手が上がった。その左手に視線がいく事はなく、あたしの身体は自然と戸口へと向いていた。頭では分からない、だけど身体や…心が求めていた。


ソラが、帰って来た…


『ソラ…』


ソラがいる。戸口には数時間しか離れていなかったにも関わらず、懐かしく思えるソラがいた。雨は、止んでいた。だからソラが雨に濡れていない事に安心した。安心した筈だったのに、今度はあたしが濡れている事に気付いて、あたし自身が驚いた。


『え、え、ええ…ッ、ど、どうしたんだ、ナマエっ』


『わ、分からない…何で…』


ぼろぼろと、次から次へと雨とは違って生暖かいものが頬を伝う。これが何なのかあたしは知っている。痛い時、悲しい時、悔しい時に瞳から気持ちの代弁として流れるもの。だけどあたしはそれ以外の理由を知らない。何故、負の感情が流れていない時に涙が流れるのか、あたしにそれを知る術はない。


『馬鹿、心配しまくってんじゃねェか』


『泣くのは心配…なの…』


心配すると、涙は流れる。今まで経験した事のなかった感情。もしかしたらそんな涙を流した事があるのかもしれない。その記憶はもうないけれど…


『緊張の糸が切れたんだろ。ソラ、お前も来て数日しか経ってねェナマエを置き去りにすんなよ』


『ごめんナマエ…その…』


ソラがあたしの目の前に来て、おろおろとしながらあたしを見ている。その瞳が少し濡れているような気がして、あたしが逆に心配されていると思うと不思議な気分だった。あたしも今こんな顔をしているのか、どちらかと言えば今は気持ち的に穏やかで、不安という気持ちはない。


『んじゃま、俺は帰るか』


『え…ソラに用事があったんじゃ…』


あたし達の姿を見て、アクセルは溜め息を吐くとそのまま戸口へと向かう。そこで違和感に気付いたのは勿論あたし一人。アクセルはソラを尋ねてこの家にやって来た。しかもあの慌て様は余程の急用があった筈なのに。まさかソラの顔を見る為だけにやって来たとは思う事が出来なかった。


『ああ…もう終わったよ。俺が来た時には、こいつはもう行ってたからな』


その言葉にあたしは、漸くアクセルがこの塲にいる意味を朧気に理解する。もしかして…言葉にはださず、アクセルを見ればアクセルは目が合った瞬間に片目を閉じてウィンクを一つ…


『良い暇潰しにはなったろ』


『あの…有難う…』


彼を少し、誤解していたかもしれない。当然の様に敷居を跨ぐものだから、気付かなかっただけかもしれない。それでも今は、彼がこの家にやって来てくれて良かったと思う。アクセルがやって来てくれなかったらあたしはきっと、同じ時間を倍以上に感じていた筈だから。だからこそ素直に有難うと、アクセルへと伝えた。


『アクセル、いつもごめんな』


『馬鹿野郎、そう思ってんなら好い加減覚悟決めろ』


戸口の方で言葉を交わす2人をあたしはぼんやりと見詰めていた。2人の会話はキングダム・アイランド新参者のあたしには理解出来なかったけれど、恐らくソラが出て行った事に関連しているんだと思う。アクセルはソラを軽く小突くと、来た時と同じ様に身体中から炎を放出して地面を蹴った。その拍子に身体が地面から離れ、アクセルの細い身体は宙へと飛び出す。


『ナマエ、今日は本当に…』


『ソラ…あの、ね…あたし、ソラが急に居なくなって、心配してたんだって気付いた』


アクセルが飛び立った後、振り返ったソラは矢張り申し訳なさそうな表情を浮かべていた。あたしはソラのそんな表情を見たい訳じゃない。…という理由もあったけれど、伝えるべき事を伝えたい一心で口を開く。素直に、伝える…そう思うと言葉を選ぶ必要はなかった。


『ソラが、大切…なんだと思う…』


あたしはソラが大切…。たった数日、否、きっと期間なんて関係ない。ソラがあたしを友達だと言ってくれたあの日から、あたしの中にソラという名前が刻まれた瞬間から、あたしにとってソラは大切な存在になっていた。素直に言葉にするという行為は、少しばかり恥ずかしい気もする。だけどそんな気恥ずかしさはソラの表情を見れば一瞬にして消える。


『ナマエ…っ』


『わ、ちょ、ちょっと…』


ソラの匂い…太陽と草木の匂いが身体中に広がったと思えば、ソラに痛いぐらい抱き締められていた。痛い、よりも安心感がソラの匂いの上からあたしを包み込む。きっと、この感触が安心するという事。親に抱き締められる感じと似ているようで少し違う、これが友達としての感触。改めて違いを認識しているとソラはあたしの肩を掴んで、少しばかりの距離を作った。


『有難う、ナマエ…。でも…心配掛けてごめん。話せるようになったらちゃんと話す。でも…未だ駄目なんだ…』


『アクセルが言ってた。友達だからって全部知らなきゃ駄目って事はない。だから…ソラが話せないんだったらあたしは聞かないよ。』


あたしの肩を掴む腕は弱々しくて、ソラがどんな気持ちなのかが肩越しに伝わる。何があったのか、何かあるのか、全く分からない。理由を知りたい気持ちは確かにあるし、聞きたい事だって幾らかある。だけどそんな理由なんかよりも、大事な事があるって、あたしは今日知ったから…


『大切なのは…繋がり、だよ』


『…ナマエ……うん、有難う…』


途端、ぎゅうとソラがあたしの身体を抱き締める。何だか、そんなソラがあたしなんかより何歳も小さな子供みたいだった。ソラはあたしより身長も体格もしっかりしているのに、小さな子供が必死に涙を堪えているような、感じ…。そんなソラの頭を自然と撫でてあげると、ソラはもっと強く縋り付いて来る。


『いつか、話せる時が来たら…一緒に来て欲しいんだ…』


その言葉の意味を知る事になるのは、もう少し時が過ぎた頃…



















(Lupinus...)


出来る事なら、君にも安らぎを…



















…………………
100501めぐ
…………………




第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!