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Fuzzy

(街角Twilight-6-)
こころ、ころころ…




『こりゃあ…一段と男前になったってモンだ』


『笑い事じゃねェっての』


家主、シグバールが帰宅しデミックスを見た途端に漏らした言葉は叩いた本人と叩かれた本人を除けば住人を笑わせるには十分であった。


『ふ、何なら今後を占ってやっても良いぞ』


『いらねー…』


シグバールに続いて帰宅したルクソードもまた含み笑いを浮かべながら言葉を投げる。近所の奥様方に何故か人気の高いルクソードは今日もまた出会った奥様方から貰った惣菜と夕飯を交互に食べている。


『ま、お前が悪い』


『俺は唯起こしに行っただけだっつーのッ』


痛む頬を片手で摩り、アクセルに笑われながらも夕飯だけはしっかりと食べるデミックス。それでもちゃっかりナマエの横を陣取っているところは流石と言える。


『デミックスさん…その、ご、ごめんなさい…』


不可抗力とは言えデミックスの頬を思い切り叩いてしまった事は事実。申し訳なさそうにナマエがデミックスに謝るとデミックスは一変…


『ナマエは悪くないって。うん、俺も起こし方が悪かったしっ』


『…』


先程までの態度も皆の痛い視線も何のその、にっこりと笑い、確かにそう言って退けた。


『それにしても随分と面白い子が来たなァ』


デミックスの前に座り、夕飯を突くシグバールはナマエへと視線を遣り、意味深に笑って見せる。どこか全てを見透かす様なシグバールの瞳は目を細めながらもナマエをしっかりと捉えている。


『あの、ナマエです。今日からお世話になります』


『良いねェ、面白くなりそうだ』


喉を鳴らして笑い、独り言のように呟く。シグバールの言葉の意味が分からずナマエは首を傾げるも、聞くまでには及ばず口に含んだ具材と共に言葉を飲み込んだ。


『何が面白くなるんだ』


『まァ直に思い出すだろう』


シグバールとナマエの会話を聞きながら、ロクサスは隣に座るルクソードへ質問をぶつける。ルクソードもまた何かを知っているのか、ロクサスの質問に曖昧な返答を返す。


『思い出す…って…俺達とナマエは初対面だろ』


『くくっ…まァ初対面だろうよ』


シグバールとルクソード、何かを隠しているとなればアクセルも黙ってはおれず、隣のシグバールへと言葉を投げるも、矢張りシグバールは意味深な言葉を返すのみ。それどころか再びナマエへと視線を向け、話題を変えるかの様に徐に口を開いた。


『折角アダナちゃんが来たんだ。一つ、面白い話でもしてやろうか』


『何だアダナちゃんって…ッ』


ナマエへと視線を向けている辺り、アダナちゃんとはナマエを指すに違いない。突然飛び出したナマエのあだ名にデミックスは勢い良くシグバールを見る。


『それより面白い話の方が気になるよ、教えてシグバール』


しかしながらシオンに話を促され、デミックスが虚しそうな表情を浮かべていた様を、シグバールは敢えて触れずに一つ頷くと口を開いた。




こころ、ころころ


神様が落とした心を一つ、また一つ拾い集めて


いつか人間になれますように…


私は永い旅を続けて来ました


人間になれば、心があれば生きる事が出来るのです


なのに私は未だ人間にはなれません


心を手に入れた筈なのに、神様は私を人間にしてはくれないのです


後一つ、後一つ、私には足りないものがあると神様は言いました


だから私はまた旅に出ました


いつか人間になる日を夢見て


こころ、ころころ


拾い集めた心を一つ、また一つ胸に仕舞って


最後に私は人間になるのです





『…なんか、良く分からないんだけど俺』


話し終わった後一番に開口したのはデミックス。シグバールが脈絡のない話をする事は、元より承知している。然しながら今回は脈絡どころか話の意味すらデミックスには理解出来なかった。


『話って言うより詩…って感じだね』


『くくっ。どう感じるかはお前さん達次第だよ』


興味津々に聞いていたシオンも一言、不思議そうにシグバールを見詰め、意味を探す。皆が同じ様な表情を浮かべる中、その様子を愉しむが如くシグバールはグラスに注がれた麦茶を口に含む。


『心なんて目に見えるものじゃないのに…どうやって拾ったんだろうな』


『それに足りないものって何なんだ』


ロクサスもアクセルも、それぞれが思う疑問を浮かばせる。恐らく答えを教えてくれないだろうシグバールと、答えとまではいかずとも糸口ぐらいは与えてくれるかもしれないルクソードを交互に見るも、二人はその様子すら愉しむ様に見えた。


そんな中、考える素振りを見せていたシオンはゆっくりと顔を上げ…


『でも、あたし…ちょっと分かるかも』


呟いた言葉に全員がシオンを見た。その視線に多少怯んだシオンだったが、思う事を口にするべく言葉を探し整理しつつ言葉を続ける。


『あたしが王国荘に来たのは無くしたものがあったからだった気がする…心とかじゃなくて、何か別の…上手く、言えないけど…』


一旦言葉を切ると広間をぐるりと見渡し、いつからか思い出す事を止めてしまった目的を懸命に思い出そうとする。しかしながら何故か黒い靄が思い出す事を遮るかの様にシオンの頭に広がった。


『成る程な…その何かを手に入れたくて、俺達が日々を過ごしてるってんなら、その話で言う永い旅なのかもな…』


上手く伝える事が出来たのかは定かではなかったがシオンの言葉にアクセルは続ける。不確かではあったが自分も何か目的があって王国荘へ足を踏み入れた…アクセルもまたその何かを思い出せずにいる…


『俺も、何かを手に入れたかったのかな…』


いつから思い出す事を止めてしまったのか…そもそも目的があったのか、ロクサスはシオンとアクセルの言葉に思い当たる節を探す。思い出そうとすれば何故か胸の辺りが締め付けられるような気がした。


『お、おいおいっ…んな深く考える話じゃねェだろ、晩飯ぐらい気楽に食べようぜッ』


すっかり静まり返ってしまった空気を払拭しようとデミックスはさも居心地悪そうに声を上げる。そのように難しい話は考える事さえ止めてしまいたいのがデミックスの本音であった。


『まったく…お前と言う奴は』


それがデミックスらしいと言えばデミックスらしいのだが、皆の様子を眺め愉しんでいたルクソードは少しばかり残念そうに首を揺らす。


『なァ、ナマエっ。お前の歓迎会でもある訳だし…ッ』


すぐ傍にいるナマエにデミックスは同意を求める。シグバールの話を聞いてからと言うもの、無言であったナマエが気になっていたのも正直な話であった。然しながらナマエは、デミックスには応えず相変わらず一点を見つめ熱心に何かを考え込む様子を見せる。


『ナマエ…おーいナマエ』


『え……あ、ごめんなさい』


デミックスに肩を揺さ振られ、漸くナマエは我に返るとデミックスを見た。


あれ…何だろう、…何か…


肩に触れたデミックスの手の温もりをナマエは知っている気がした。確信もなければそれこそ何の脈絡もない話だが、ナマエを覗き込むデミックスの表情、見詰める瞳の色をどこかで見た事がある。そんな事をぼんやりと思った。


『どした、何か嫌いな物でもあったか』


でも、ナマエとデミックスさんは初対面…の、筈…


何故か懐かしい様なデミックスの言葉にナマエは一人、言葉を返せない儘。皆それぞれの思いを胸の内に秘め、再び食卓を囲んだ



















(こころ、ころころ)


拾ったのは心、無くしたのは…





(Fuzzy)


















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091216めぐ(100330訂正)
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