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愛惜

(愛惜)最近、やっぱり俺…おかしいのかなって…




『……』


『へェ…それじゃあ今度は俺と行くか』


放課後の教室で楽しそうに話す男女を見掛けた。向き合って、男の方は机に腰を降ろし、女は鞄を両手で抱えている。それだけの事が結崎にとっては気に入らなかった。相手は自分の彼女、ナマエと教官である京羅樹。その組み合わせが結崎の不満を更に増加させる。


『明日亮ちゃんとまた行く約束してるんですっ』


『へェ、結崎と、ね』


愛しい彼女の口から自分の名前が出ている筈なのに、なぜだか気分が悪い。ナマエは今京羅樹に対して笑顔を向け、自分の話題で話を盛り上げている…。早く声を掛けてしまえば終わる…しかし、結崎はただ傍観していた。


『あ、亮ちゃん…っ』


『遅かったな、結崎。補講は終わったのか』


扉に佇む結崎に気付いたナマエが結崎に向かって手を振り、結崎は漸く我に返る。そう、自分の補講が終わるまで待っていてくれた彼女とそれに付き合っていてくれた教官…目の前の映像はただそれだけ…。たったそれだけの事が結崎の気持ちを高ぶらせる。


『ごめんな、ナマエっ。と、教官も』


『おいおい、俺はついでか』


つい最近まで彼女いない歴=自分の年齢って胸張って言ってた奴が言うようになったじゃないか、と付け足し、京羅樹が笑う。つられて結崎も笑ったが、どこか不自然さが残っていた。自分の彼女が自分以外の男と話している…そう思えば笑顔を作る事が出来ているのかすら分からなかった。


『ナマエ、帰ろうぜ』


『うんっ』


結崎が差し伸べた手をナマエが握る。嬉しそうに自分の手を握ったナマエを見、結崎の心に漸く安堵感が戻ってくる。ナマエは自分の彼女なのだ…京羅樹の彼女ではない。


『教官、さようなら』


『おう、気を付けて帰れよ』


先程まで抱いていた気持ちは何なのかも分からない…。きっと気のせいなのだろうと結崎は自分に言い聞かせ、京羅樹に頭を下げ、教室を後にした。




『…ちゃん……亮ちゃんっ』


『へっ…あ、えと…何だっけ…』


考え事をしていた訳ではなく、ただぼんやりとしていた…ナマエに呼ばれ、現実に引き戻される。立ち止まり、辺りを見れば先程から対して歩いていない事に気付く。寮までの道程でそのやり取りは既に5回は繰り返されている。


『亮ちゃん…何かあったの』


『え……いや…』


胸に黒い渦のような物が疼くのが分かる。ナマエが自分を呼ばなければその渦は段々と自分を飲み込んで行ってしまいそうな…。無意識に怖さから手に力を込めるとナマエが微かに悲鳴を上げた。


『あ…ごめ…』


『明日、大丈夫…別の日に変えようか…』


どこか様子のおかしい結崎を心配し、ナマエが明日の予定変更を申し出る。彼女であるナマエの嬉しい心遣いであるが、それすら今の結崎には素直に喜ぶ事が出来ない。もし、それを承諾すれば明日はナマエに会う事は出来ないだろう。


会えなければナマエは…


『教官と行くのかよ…』


『え…ッ』


唐突な結崎の言葉にナマエが目を丸くする。何故そんな事を言うのか、とナマエの訴え掛ける目を見、結崎ははっとした。今、自分は何を口走ったのか…


『っ…亮ちゃんの馬鹿ッ。もう知らないっ』


『あッ……ナマエ…っ』


今まで繋いでいた手を振り解き、結崎に一喝するとナマエは結崎を置いて走り出した。追い掛けなければいけない、追い掛けて謝らなければ…そう思っても身体は黒い渦に絡め取られて動く事が出来ない。


謝るって…何を…


『何を…だろ…』


いつしか結崎の中の黒い渦は結崎の思考を停止させていた。ナマエが他の男と話している…付き合う前には有り得なかった黒い独占欲が結崎を支配していた。
















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