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白一点

(白一点)
モノクロより酷い世界




頭の中が真っ白だった。頭の中だけじゃない、景色も人も、全部色を失っていた。視界には何も映らなくて、声だけが聞こえていた。


『ナマエ…っ』


『……』


呼ばれた名前は私の名前。呼んでいるのは待ち合わせをしていた燈治君の声。周りの声が混ざって煩い中、燈治君の声だけがはっきりと聞こえる。だけど何を焦っているのか、考えようとしたけれど頭の中には何もない。掴まれていた腕が離れて、捨て台詞のように誰かがもう来たのかよと告げる。


誰の声だっけ……


『馬鹿野郎。誰にでも付いて行くなって…』


後に掴まれた腕と引き寄せられた身体。ゆっくりと色が戻って来る。暖かい色から順に、失っていたのは色だけじゃなくて殆どの感覚も失っていた。それが、燈治君が来てくれた事でゆっくりと取り戻せる…


『と…じ、くん…』


『ああ、もう大丈夫だ』


名前を呼んで、漸く全ての色が戻って来る。それから10分前の記憶も頭に蘇る。また、やってしまった…後1分でも遅かったら私はこの場所にいなかったかもしれない。そう思えば身体は自然と震えて、必死で目の前の燈治君にしがみついた。



『燈治君…っ』


『悪ィ、間に合って良かった』


昔からそうだった。昔から、男の人に誘われれば怖くて頭の中が真っ白になって、何も考えられなくなった。手を引かれれば色を失って、真っ白な世界に来る。そして、色を取り戻した時は覚えのない場所に捨てられている。恐怖が私から何もかも奪って、傷痕だけを残す。


『何もされてねェか』


『うん、多分…』


曖昧にしか答える事が出来ない。記憶が戻ったと言っても、燈治君を待っていた時に全然知らない人に声を掛けられた所までしか思い出す事が出来なかった。だけど痛みや身体の怠さがない辺り、大丈夫だったのだろうと頷いた。


『もう待ち合わせ、止めねェか』


『……』


彼氏とのデートに待ち合わせは必須だと思う。そう思ったのも、燈治君が初めてだった。今まで付き合った人は、皆今みたいに声を掛けて来た人達ばかりだった。だけど燈治君は違う。初めて自分から声を掛けた。初めて見た時に、好きだと思った。本当の一目惚れだった…


『次は、次は気を付けるから…』


絶対に付いて行かないとは言う事が出来なかった。どんなに意識を保っても声を掛けられたら一瞬にして終わる。逆らう事は出来ない、断りの言葉を掛ける事すら出来ない。だけど一度で良い。一度で良いから燈治君を待って、燈治君と出掛けたい。たったそれだけの願いを叶える為に、何度頭が真っ白になったのだろう。


『お前、その……』


私が燈治君を見ると燈治君は恥ずかしそうに周りを見渡して、誰も聞いていない事を確認すると一つ咳払いをしてから小声で呟く。


『か、可愛いんだからよ…目立つは声掛けられるはで、気が気じゃねェんだよ…』


その言葉だ。その言葉が私を幸せにしてくれる。単に遊びたいからと声を掛けて来る男の人達とは違う。恥ずかしそうに、だけど私を想ってくれるその言葉が私に色を付けてくれる。だからこそ、私は燈治君と普通に待ち合わせをして、普通にデートを楽しみたい。唯それだけなのに…


『お願い…これで駄目なら、諦めるから…』


最後に一回だけの望みに賭けたい。出来るだけ人目に付かない場所で、出来るだけ目立たないように存在を空気にして待つからと頼むと、燈治君は暫く考える素振りを見せる。最後の一回すら許して貰えないかもしれないけれど、燈治君は無造作に頭を掻くと諦めたように溜め息を吐く。


『分かった。俺もなるべく急ぐから、危ないと思ったら逃げるんだぞ』


『…うんっ』


燈治君の溜め息と共に漏れた了承を意味する言葉に私は大きく頷く。大丈夫、次は必ずやってみせる。何度思ったか分からないけれど、次こそは燈治君とのデートを楽しもう。行きたい所も全部リストアップして、今までとは違う最高なデートの始まりを迎えてみせる、と私は最後の決意をした。


大丈夫、大丈夫だと思っていたい。


いつも不安気に歩く待ち合わせ場所も、今日は心無しか足取りが軽い。


大丈夫、今日こそ大丈夫


生まれてくる自信は待ち合わせ場所に向かうにつれて大きく膨らむ。まるで風船を膨らませるみたいに、徐々に徐々に、大きく膨らむ。


待ち合わせ場所には人が溢れていたから、出来るだけ人から見えない場所を探す。勿論、燈治君にはすぐ見付けて貰えるような場所を。


燈治君の姿を探すけれど、燈治君は未だ来ていない。周りに溢れるカップルや待ち合わせをする人達。傍から見れば私だって唯待ち合わせをしている普通の人間だ。誰かに特別目を向けられる事もきっとない。


大丈夫、もう大丈夫だ


待つ時間をこれ程楽しいと感じる事は恐らく初めてだ。今日はどこへ行こうか、何をしようか。昨晩時計の長針と短針が右へ移動するぐらいに悩んだのに、今でもこうして悩んでいる。幸せな時間、きっと燈治君が来たらもっともっと幸せになれる。


ふと顔を上げれば辛うじて見る事の出来る場所に燈治君の姿が見える。私を探しているようで辺りをきょろきょろと眺めては歩みを進める。


大丈夫、やっと会える…


見付けて貰えるまで見詰めていよう。込み上げる幸せな笑みを堪えるようにして、だけど視線は外さない。ふと、隣に人が立っているような気がしたけれど、そんな事はもう気にしなくてもすぐ近くに燈治君がいるから気にしない。


『こんな所に一人でいたら危ないよ』


ああ…頭が真っ白になった…


















(真っ白な世界に赤い水溜まり)


助けて、痛いだけで何も見えないの…

















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100909めぐ
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