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37℃+嫉妬

(37℃+嫉妬)
優しさも、君にしか与えない




元々の目的は彼女であるナマエを探していた。ナマエが居るだろう場所は既に探索済み。屋上も3年2組の教室も、食堂の購買部も。然しながらどこにもおらず、ナマエに限って先に帰る事などないと思いながらも燈治は当てもなく校内を歩いている。


ナマエを探し始めてどれくらい経っただろうか、通り掛かった焼却炉へと続くコンクリート塀近くから見知った声が微かに聞こえ、燈治は思わず立ち止まった。


『ご…ごめんなさい…』


『俺、入学した時からずっと好きだったんですっ』


タイミングの悪い時に通り掛かってしまったと燈治は思う。聞くつもりは毛頭なく、仮にも自分の彼女が見知らぬ相手に愛を囁かれているとなれば気分の良いものではない。それでも余り気の強くないナマエ、強く言い寄られたとしたら自分が彼女を護らなければならない。


相手は数回見た事はあるが大した面識もない男子生徒。態々自分が居ない時を狙って来るとは質が悪い。興奮と緊張で状況判断も出来ない状態なのか、首を横に振るナマエに今すぐ飛び掛かりそうな雰囲気が見て取れる。それでもナマエが何度も首を横に振れば、男子生徒は徐に頭を垂らして溜め息を吐いた。


『…やっぱり、あの壇と付き合ってる噂は本当だったんだ』


『あの…って、どの、壇君…』


異様な空気に変わった事に気が付いたのは恐らく自分だけだろう、と燈治は異様な雰囲気に息を呑む。自分の名前が出た瞬間にナマエの顔色が変わった。今まで言葉を選び、やんわりと否定していたナマエの顔が拒絶の色へと瞬時に変化する。


『喧嘩っ早くて乱暴で、喧嘩しか能のない壇 燈治に決まってるだろ』


『燈治君はそんな人じゃない…』


ナマエの目の前に立つ男子生徒は未だナマエの変化には気付いていない。もう少し押せば自分の気持ちに応えてくれるのではないか、という期待を込めて言葉を吐いている。ナマエの変化が気のせいならば良いに越した事はない。ナマエの言葉に燈治は精神を集中させた。


『壇より俺の方が絶対に優しいのにっ』


押しの一手と言わんばかりに男子生徒が必死に言葉を放つ。それが、ナマエにとって禁断の言葉になるとは男子生徒は疎か、燈治すらも気付いていなかった。俯き加減に男子生徒を見詰めていたナマエの目付きが鋭く男子生徒に突き刺さる。


『…貴方は燈治君と違う。最低の人。』


『……え』


その場にいた誰が、ナマエの言葉を予想出来ただろうか。控え目な性格、決して自分から強く否定する事のないナマエから出た台詞に、場違いな男子生徒の声が漏れる。男子生徒の目の前にいるのは確かにナマエ本人そのもの。然しながら今更気付いたナマエの強い拒絶を表す眼差しに男子生徒から思慮が奪われてしまった事は言う迄もなかった。


『もしあたしが燈治君と付き合っていなかったとしても、貴方とは絶対に付き合わない』


ナマエが一旦言葉を発すれば、濁流の如く止まる事を知らなかった。言葉だけなら未だしも、ナマエの瞳は容赦なく男子生徒を蔑み、男子生徒は蛇に睨まれた蛙の心境を表す様な表情を浮かべていた。ナマエをこれ程迄に変えてしまう事を自分がしてしまったのか、悩む隙も与えられないまま、男子生徒はナマエを前に言葉を失う。


『あたしが好きなのは、燈治君だけ。だから、燈治君の事を悪く言う人は嫌い。貴方は、嫌…貴方は』


『帰るぞ、ナマエ』


割って入った燈治の姿にナマエは驚いた表情を見せる。それと同時に戸惑いに瞳が揺らぐ。ナマエの変化に同様を隠す事の出来ない男子生徒は燈治の登場に何の反応も見せず、放心状態となっている。ナマエを庇う様にして二人の間に割り込むと、燈治は男子生徒に見向きもせず、ナマエの手を掴んだ。


『燈治君…』


ナマエが気まずそうに燈治を見上げるも、見える背中は燈治の心境を語りはしない。燈治の名前が男子生徒から挙がった時、半ば無意識に反論を唱えていた。自分が貶されるのならば未だしも、貶す相手は自分ではなく燈治。出過ぎた真似をしてしまったのだろうか、ナマエの手を掴む燈治の手は少しばかり痛みの走る強さである。


『お前さ、温和しい顔して意外とはっきり言うよな』


『だって…燈治君の事優しくないって…』


校門を出てから暫く、燈治の横では先程の出来事を思い出しては頬を膨らませるナマエの姿。普段控え目なナマエと先程のナマエ、後者のナマエが存在するなど思いもしなかった。そこまでナマエに想われている事に口元が緩む。然しながら、それと同時に自分はナマエにそこまで想われる人間かどうかも悩むところであった。


『優しくねェだろ、俺はよ』


『優しいよ、燈治君は不器用だけど優しいもん』


ふわり、とナマエが笑って見せる。ナマエのその笑顔に惹かれる男子は恐らく多い。先程の男子生徒に対しても、見る目があると燈治は密かに思う。そして、自分もまた、ナマエの笑顔に弱い事やナマエの笑顔を見れば留まらない衝動に強くナマエの手を引いた。


『と、燈治君…ここ、路地裏…っ』


『お前が変な事言うのが悪い』


引き込んだすぐ隣の路地裏で燈治はナマエを壁に押し付けていた。外は未だ薄い暗がり、帰路を急ぐ時間帯ではない。少し声を上げれば誰かが気付いてしまうのではないかと思う程、辺りは未だ静かな時間帯。それでも燈治の手は時間帯に対して余りにも忙しく動く。


『へ、変な事って…だって本当の事で、その…』


『だから、そういう事を平然と言うから……照れんだよ』


ふと動かしていた手が留まったのでナマエが燈治を見上げれば照れたようにそっぽを向く燈治がいる。燈治はナマエの純粋な言葉に弱い。ナマエが嘘を吐く事の出来ないと分かっているからこそ、ナマエの言葉は燈治の心をやんわりと包む。付き合い出しても未だ慣れる事のない擽ったい感覚。それを隠す為にも、自身の限界の為にも燈治は再びナマエの制服に手を滑り込ませ、首筋に唇を寄せた。


『っ…い、家まで後ちょっとだから…』


『無理。』


この、ぴしゃりと言って退ける強引さはどうだとナマエは思う。燈治の強引さは嫌いではなく、寧ろ一歩下がり気味なナマエにとっては調度良い燈治の強引さ。然しながらその強引さも時と場合によるだろうとナマエは燈治と路地裏からの景色を交互に見詰める。


『この薄暗がりなら気付かれねェだろ』


『ひゃ…っ』


そう呟いて、微かな抵抗を見せるナマエの耳を舌でなぞればナマエから上がったのは高揚した甘い声。


『耳、本当に弱いよな…』


『なんか…ぞくぞくって、しちゃう…』


喉の奥で燈治が笑う。燈治がそのような笑い方を見せる時は楽しんでいる時だと最近になって分かった。それは得意の野球や親友の七代に見せる時の笑い方とは違う。自分の目の前でだけ見せる笑み。それがどういう基準で見る事が出来るのかはナマエには分からない。然しながら今、燈治は確かに楽しんでいる。それだけは確かな事実だった。


『あいつはさ、お前の事なァんも知らねェ』


『あ…っ…』


するりと制服の中に潜り込んだ手がナマエの柔らかい胸に触れる。その瞬間の身震いがナマエの芯を熱くさせる。触れられれば動かなくなってしまうナマエの身体は自然と求める体勢に代わり、路地裏にぴたりと張り付いていた背中が燈治の身体に近付く。


『耳弱いのも、』


『んっ…んん…ッ』


息を吹き掛けられながら耳の奥を舌でなぞられる。途端に身体から全ての力が抜けるような感覚に襲われ、燈治の片手に支えられる。その瞬間を狙っていたと言わんばかりに燈治の手がナマエの背中を滑り、ゆっくりと身体を引き寄せられればナマエの柔らかい唇を燈治の唇が奪った。


『下唇、噛まれんの…弱い事もな』


少しばかり痛みを帯びた唇から熱が走り、ナマエは堪らず熱い息を吐き出した。じんわりと痛む唇はナマエの頭を朦朧とさせ、路地裏の向こうに聞こえる喧噪などどうでも良いと、頭の感覚が麻痺してしまう。


『ふ…う、燈治君…もしかして、妬いて…』


『…違う。お前がお前の事何も知らねェ奴に口説かれてんのが気に入らねェだけだ』


それでも何とか口走った言葉に燈治が顔を赤くした事は朦朧とする頭に確信を与える。普段の燈治ならばナマエを無理矢理路地裏に引き込む事など有り得ない。伸びた手に力が篭っていた事も有無を言わせない強引さも、全ては数十分前の焼却炉での出来事に繋がる。


『お前に惚れてんのは、俺だけで十分なんだよ…』


そう言って重なった燈治の唇が、先程よりも熱を帯びていた事に気付かない程、ナマエの唇も熱に熟れていた。



















(ヤキモチよりも熱い、)


包まれれば夕日よりも熱い唇


















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100831めぐ
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