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倦ねの少女

(倦ねの少女)
ちょっと恐持てな王子様




壇 燈治――


鴉乃杜學園3年2組、帰宅部。身長177cm、体重68kg。生年月日5月13日、血液型A型。喧嘩っ早く、教師に呼び出される事も屡々。意外に真面目な一面もあり、遅刻はしても休みはしない。得意科目は体育、中でも野球は得意中の得意。冬の季節にも関わらず、昼休みは大抵屋上で過ごしている。カレーライスを好み、放課後にはカレー屋で姿を見掛ける事もある。


『…って、こんな事調べたい訳じゃないのに…』


ピンク色の手帳を勢い良く閉じ、ナマエは大きな溜め息を吐いた。壇 燈治の事を調べ始めて一ヶ月と数日、得た情報を並べるだけ並べ、分かった事と言えば簡単なプロフィールのみ。交友関係の狭い壇 燈治だからこそ、プロフィール入手さえも困難である事は理解している。然しながらナマエにはどうしても壇 燈治の中身を知らなければならない理由があった。


『あれ、女の子一人で歩いてちゃあ危ないんじゃないの』


『そうそう、悪い大人に捕まっちゃうよ』


近道をしようと、人気のない路地裏を通った事が抑間違いだったのだとナマエは思う。突然後ろから数人の男に声を掛けられ、逃げようとすれば手足を押さえ込まれた。恐怖で声は掠れ、男達の荒い息と湿った手が身体中を這い回る。抵抗しようと手足を無我夢中に振ると、頬を強く殴られ、その瞬間に意識が宙へと飛んで行った。


頭に残るは恐怖心、目の前が暗くなる瞬間も、塞がれた唇は助けてと動く。自分はこの先どうなるのか、そんな考えよりも今の絶望を救う手立てを浮かべるも、為す術なく思考が途切れてしまった。


『…、大丈夫か』


次に意識を取り戻した時には違う世界があった。右頬に殴られた痕、血の滲んだ口元を微かに動かし、ナマエを見下す男。何が起こったのかは分からない。月に照らされた男は鴉乃杜學園の制服を纏い、立ったまま顔だけをこちらに向けている。


『立てるか』


『…や…ッ』


伸ばされた手に生々しい感触が蘇る。抵抗しようとも押さえ込まれ、自分の身体を這い回った…男達の手。ナマエを助け起こそうとした男の手を振り払い、ナマエは力無く立ち上がる。状況を理解出来ないナマエの目に映ったのは驚いた表情を浮かべる彼の姿。逃げなければ…本能に告げられるまま、ナマエは男に背を向けて逃げ出す。


途中、制靴に柔らかい感触がしたものの、それが先程までに自分を取り押さえていた男達の身体であると気付くまでに、ナマエは路地裏を飛び出していた。


『……』


今思えば彼が助けてくれた事や、自分が路地裏に飛び出す事が出来たのも、彼が開けた自分の制服を直してくれていた為。有難うと言わなければならない相手を、仕方がなかった為とはいえ、突き放してしまった事に言い様もない後悔と、申し訳なさが押し寄せる。


鴉乃杜學園の生徒である事は分かっている、ならばいつか出会う事もあるかもしれない。その日からナマエは、自分を助けてくれた名も知らぬ相手を闇雲に探し始めた。


『…ふう、駄目…だなァ』


彼を探し始めて数日、未だ何の情報も得られないままナマエは学生生活を過ごしていた。頭に残る気怠そうな声、それだけを頼りに鴉乃杜學園に所属する男子生徒を探すには予想以上に骨が折れる。見付かるのだろうか、もし見付かったとしても突然話し掛けるのは不審過ぎる。更にはあの事件以来、男性に対して恐怖心を抱く自分が彼に対して自分から声を掛けられるとは思う事が出来ない。


『ナマエちゃん。』


見付ける前からそんな事を考え、気が滅入ってしまい、とぼとぼと廊下を歩くナマエの背後でナマエを呼ぶ柔らかい声を聞く。


『次は合同体育、一緒に授業だね』


『あ、弥紀ちゃん、女子はテニスだよね』


鴉乃杜學園3年2組、穂坂 弥紀は昨年同じクラスに所属しており、ナマエと親しい友人の一人である。緩やかに巻かれた髪、色素の薄い髪色、穏やかな笑みは良家のお嬢様を思わせる。一見、自分からは行動を起こさないように見える彼女だが、行動力はナマエを遥かに上回り、喧嘩好きで名の高い壇 燈治や2組に転校して来た七代 千馗とも直ぐ親しくなったと聞く。


そんな彼女ならば、知っているかもしれない。そんな淡い期待を抱く。然しながら幾ら弥紀と言えど、全校生徒の中から唯一人を捜し当てる事など不可能に近いだろう、とナマエは淡い期待を自ら打ち消した。何気ない会話を互いから寄せ合い、グラウンドへと向かう下足室まで来ると、ナマエは一旦靴を履き替える為に弥紀との会話を切った。


次の瞬間…


『今日も負けた方がカレー奢りな』


『じゃあ、今日もタダ飯じゃん、俺』


不意に耳に留まった会話にナマエは全身が震えた。聞き覚えのある声とは余りにも薄い表現、聞き間違える筈のない声というには余りにも欠片として残る声にナマエは頭を上げるのを一瞬躊躇った。


ナマエを助けた相手が自分の後ろにいる。今振り向けば自分は探していた相手を見付ける事が出来る。後ろにはグラウンドへ向かう生徒の山。その中から彼の声を辿る事は全校生徒の中から彼を見付けるより遥かに容易い。ナマエはゆっくりと顔を上げ、聞こえる彼の声に神経を集中させる。


『穂坂、お前等は次テニスだよな。頑張れよ』


『聞いてくれよ弥紀、今日の昼は燈治の奢りなんだァっ』


自分の探し求めた相手は弥紀と知り合いだった。弥紀と向き合っている為、自分には背を向けている。然し、二分の一にまで絞る事が出来た。顔を拝むにはまだ遠い距離、実のところ心の準備も未だ出来ていない状態で、ナマエは二人の背中を穴が空く程見詰める。


『千馗、お前なァ…そう何度も俺が負けると思うなよ』


『二度ある事は百回あるからなっ』


至って普通の、有り触れた二人の会話を盗み聞きしながら、ナマエは彼等がこちらを向く瞬間を狙う。いつまでも待っているばかりではいけないと分かっている。然しながら、助けてくれた相手に対して逃げ出してしまった手前、今更会ったとしてもどんな顔をされるか分からない。会うべきではないのかもしれない、とナマエは俯いてしまった。


『っと、そろそろ授業だな。じゃあ穂坂、また後でな』


『あー…今日はカレーが良いなァ、俺。あ、2回買ったら弥紀の分もってのどうだよっ』


俯いた途端、まるで制限時間が過ぎたかの様に鳴り響いたチャイムの音。しまったと思うより早く二人の姿は他の生徒に紛れて遠くへと離れて行ってしまう。自分の一瞬の迷いが偶然に得た機会を失う事になり、ナマエは自身の不甲斐無さを恨む。


『ナマエちゃん、私達も行こう』


『うん…』


何故あの時逃げる勇気があったのに、話し掛ける勇気はないのか…確かめる勇気すら持ち合わせていない弱さはナマエを苦しめる事しかない。駆け寄って来た弥紀と歩調を合わせるも、ナマエの視線は弥紀と合わさる事はなかった。


『あ、そう言えば壇君ね……七代君が来てから喧嘩なんてしてなかったのに、何日か前に怪我してたの。何かあったのかなァ…』


落ち込んでいたナマエにとって、弥紀の一言はまさに救いの一言であったに違いない。そして、それは数日前に自分を助けた時に怪我したのだと確信させる一言…。ナマエが勢い良く弥紀の方を向くと、弥紀は驚いた顔を見せた後、少しばかり考える素振りを見せる。


『壇君ってね、皆に喧嘩っ早いって良く言われるんだけど、唯無闇に喧嘩してるって感じじゃないと思うんだ…』


『ね、ねェ…弥紀ちゃん…壇君って何日ぐらい前に怪我、してたの…』


壇 燈治が本当にナマエを助けた人物なのだとすれば、彼が怪我をした日にちは自分を助けた日にちと同じ筈…賭けに出るような気持ちで言葉を投げると、弥紀は指折り数えながら数日前を思い出す。


『えっと、確か……』


弥紀の言葉を聞いたその日から、ナマエは壇 燈治という人物を根本的に捜し求めるようになった。





















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