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遠くme

(遠くme)
(私の我が儘はほんの小さな、だけど募る)




『うん、大丈夫だよ。私は大丈夫だから…』


何度、この言葉を言ったのかは分からない。何ともないって笑う事も、締め付けられる痛みも慣れたもの。嫌な慣れだと自分でも思う。だけど他に知らないの、分からないの…考えたくないの。後何回言えば終わるのかも数えるだけ虚しくなる。


『明日は絶対、会えるからっ』


『大丈夫だってば。ほら、早く行かないとテラ達待ってるよ』


何度もヴェンは謝って、だけどやっぱりテラ達の所へ行く。テラもアクアもヴェンも、キーブレードマスターになる為に厳しい修業を受けている。私には分からない、彼等の日常…だけど奪う、私とヴェンの時間。走り去るヴェンと迎え入れるテラとアクアを見て、私は何度孤独を憎んだのだろう。3人を繋ぐ絆と、私とヴェンを繋ぐ絆はこんなにも違って、こんなにも儚い。


『修業だもん、仕方ないよ…』


自分に言い聞かせては浮かぶ、ヴェンは私と修業どっちが大切なのか…と。こんな疑問が浮かぶ事自体悪い事なのに、積み重ねられた疑問と虚しさは私から綺麗な心を奪っていく。空は晴れて海は優しく穏やかなのに、どうして私の心は冷たい土砂降りの雨が降り続いているのだろう。


ヴェンと会えない時間は私から行動力を奪うもの。一人で空を見上げたり、海から見える景色を眺めればやっと夜が訪れる。修業が終わっても、疲れたヴェンに会うのは申し訳なくて、一人で星を見る事が増えた。何て無駄な時間を過ごしているのか、そんな事は寂しさに比べればどうでも良かった。


『ナマエっ、今日はずーっと一緒だ』


『え…ほ、本当に…』


次の日、ヴェンの言った言葉が私の心を少しだけ晴らしてくれた。永い、永い孤独が漸く私の中から消えてくれる…そんな淡い期待を持つには十分なヴェンの笑顔。私の手を取って、無邪気に笑うヴェンを今日は独り占め出来ると思うと、私の中の孤独なんて海の彼方へ飛んで行った。


『今日は修業ないから、やっとナマエと居られるんだ。だから今日はいっぱい遊ぼうっ』


『じゃ、じゃあ私……えっと…』


ヴェンとの時間をどう過ごすか、一人でずっと考えてた。それが唯一の楽しみだったから、毎日ずっと考えてた。この島から出る事は出来ないけれど、綺麗な海を眺めたり、空を見たり、高い木に登ったり…それから砂浜に落ちた貝殻を集めたり。この小さな島でも出来る事は沢山あって、ヴェンと一緒ならば全部楽しいと思う事が出来る確信があった。


それなのに、それなのに…


『…ごめん、…沢山あり過ぎて……』


どれかを選ぶ事なんて出来なかった。勿論どれも魅力的だったから、順番なんて付ける事も出来ない。やっと与えられたヴェンとの時間を最も楽しく過ごすには、どれが一番良いのか分からず、大きな溜め息が漏れてしまう。そんな時、あたしの両手を握っていたヴェンの手が少し強くなったような気がして、伏せていた目を上げればヴェンは柔らかく笑う。


『沢山あるなら、全部やろう。今日で全部は無理かもしれないけど、修業がない時にちょっとずつ…そしたら全部出来るだろっ』


『でも…やりたい事に順番、付けられないよ…』


きっと星の数だけある、やりたい事。その内の幾つかをやるには時間も選ぶ勇気もない。後で後悔は絶対にしたくない。だからこそ、今からやる事を私は基準を設けて選ぶしかないけれどその基準すら全て同じな程、私にとってヴェンと過ごす時間は特別で魅力的だった。


『じゃあ、えーっと……そうだっ』


思い悩む私に少しだけ考える素振りを見せてから、ヴェンは大きな瞳をもっと大きく開いて、きらきらと輝かせる。ヴェンがそんな表情を見せた時は、必ず私を喜ばせてくれる。だから今度も、私の小さな悩みなんて吹き飛ばしてくれる…そんな期待を込めてヴェンを見返せば、ヴェンは私の手を握る手を片方外して砂浜の向こうを指差す。


『歩いて、ナマエが浮かんだ事からやろうっ。この島を一周するんだ』


その言葉に、自然と頷いていた。私には考え付かなかったヴェンの案は、単純だけど名案。島を一周するなんて遠い話だけれど、それだけヴェンと過ごせるという事。淡い期待はいつしか私の中で大きく膨れ上がって、大きな大きな期待に変わる。


『それじゃあ…』


ヴェンと手を繋いだまま、見詰めた先に輝く白い貝殻。そうだ、まずは貝殻を拾ってヴェンに沢山プレゼントしよう。


だけど言い掛けた私の声を掻き消す程に大きな警笛が、全ての終わりを知らせていた…





















あきゅろす。
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