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嫉妬だって心

(嫉妬だって心)
愛し愛され、もう一度愛する




城内に漂う甘いバニラエッセンスの香りに誘われ、やって来た広間でデミックスはにんまりと笑った。程良い焼き加減、綺麗に型取られたそれは、恐らくナマエの手作り。そう思えばデミックスの手は自然と皿に盛られたクッキーへと伸びる。


『こら…っ』


『げっ…』


クッキーを一枚、手に取る寸前に響いた背後からの声に思わずデミックス自身からも声が上がる。無論、振り向かずとも背後に居る存在が分からない訳ではない。然しながら後ろめたいと思う行動を取っていただけに、後ろを振り返る勇気はデミックスにはなかった。


『げっ、じゃないよ。今摘み食いしようとしてたでしょ』


『んーな事しないっつーの…ッ』


どんな言い訳をしたところで、勝ち目がない事は、デミックスにも分かる。背後から自分の隣に位置を変えたのは13機関の一人、ナマエ。戦闘能力はデミックスを遥かに上回り、任務も淡々と熟す。ゼムナスやサイクスにも一目置かれている、謂わば高嶺の花のような存在である。


『これは15時まで食べちゃ駄目なんだからね』


『えェェ…こんなに良い匂いなのに…』


ところがそんな事を少しも鼻に掛ける事のないナマエはどの機関員に対しても、態度を変える事はない。任務がない日はこうして趣味であるお菓子作りを機関員達に披露し、どこか息の詰まる城内を和やかな雰囲気へと変えてくれる。だからこそ、デミックスはナマエに対しては子供の様な態度を見せてしまう。今もまた、ナマエに叱られたとしても悪怯れる態度は見せず、香る甘い香りをうっとりと吸い上げた。


『今紅茶煎れてあげるから』


『まじでっ、ラッキー』


然しながら矢張りクッキーは未だデミックスの腹に収まる事は流石のナマエも許さなかった。代わりに甘い紅茶を煎れようと提案すればデミックスは目を細めて嬉しそうに笑う。すらりと長い身長に少し撫で肩の細い体格。顔も子供らしい顔とは言い難い、どう見ても大人な彼が無邪気に笑えばついつい甘えさせてしまうのも問題だとナマエは密かに思った。


取り敢えずはデミックスに紅茶を煎れようと向きを変えた瞬間、何かの気配を感じ、ナマエがそちらを向けば見知った姿が2つこちらを向いている。


『相変わらずこいつには甘いねェ、ナマエは』


『ま、お子ちゃまだからな、デミックスは』


いつナマエ達が気付くのかを待っていたと言わんばかりにシグバールとアクセルの二人が言葉を投げる。それもまたデミックスをからかう様な台詞は、お子ちゃまじゃないと頬を膨らますデミックスに対して、その行動がお子ちゃまなんだと返す。いつから居たのか定かではないが、二人の様子を見れば恐らく一部始終を見ていたのだとナマエは三人の遣り取りを眺めながら思った。


『二人共お帰り。今日は早かったね』


『おう、誰かさんと違って俺等は仕事熱心だからな』


今日も無事戻って来た二人に対してナマエは密かに胸を撫で下ろす。心がないと言えど、仲間としての意識はナマエの中に存在し、無事を祈る事が日課でもある。ナマエが和やかに笑えばアクセルも笑い、付け足すようにデミックスを再びからかう様な言葉と笑みをデミックスに向ける。


『きょ、今日は任務がなかったんだよっ』


『その内ダスクにされるんじゃないか』


言い返せばお次はシグバール。特に合わせている訳でもないのに、二人の息は少しもずれる事はない。相手が一人ならば未だ上手く遣り過ごす事が出来たかもしれないデミックスは、続いて出たシグバールの言葉に顔を引き攣らせた。


『うっ…そ、それは嫌だ…』


ころころと表情を変えるその様と、真に受けるデミックスの態度が二人を更に楽しませるという事にデミックスが気付く様子は微塵もない。このままではデミックスが泣き出してしまうのではないかと、少しばかり可哀相に思うナマエは助け舟を出してやろうと二人を見、口を開いた。


『もう、二人共そんなにデミックス虐めちゃ駄目だよ』


『くくっ、からかい甲斐があるんだから仕方ねェってハナシ』


その言葉に三人が見せた表情は様々であった。デミックスは助け舟を出してくれたナマエに対して満面の笑みを向け、シグバールは面白くなって来たと言わんばかりの好奇に満ちた表情に言葉を添える。アクセルはと言えば他の二人とは違う、少し面白くないような表情をナマエに向けた。


『ダスクは冗談じゃねェかもなァ』


『甘過ぎんのも問題だと思うぜ』


ナマエに注意されたとしても、最早シグバールやアクセルには関係がない。シグバールは注意するナマエの様子すらも面白いのか、含み笑いを絶やさない。アクセルの少々苛立った様子は少し気に掛かるものであったが、確信のないアクセルの態度はナマエは甘いのではなく優しいのだとデミックスが言い放った事で掻き消される。


『お前さんが甘え過ぎなんだよ』


『違いねェ。お前が悪ィな』


確かにナマエは優しい。然しながらそれにしてもデミックスの甘え過ぎは問題だと二人は言う。その中でも、優し過ぎるナマエも問題だとアクセルは密かに思う。無論、アクセルの中で消化されたその言葉にナマエが気付く事はない。虫の居所が悪い訳ではなく、ナマエの優し過ぎる性格がアクセルにとっては気に入らなかった。


『なんか放っておけないんだもん、』


『放っておけないと言うより頼りねェんだろ』


デミックスの子供っぽい性格は、どこか放っておけない。特に、泣き出しそうな表情を見せられてしまえばどうにかしなければと思ってしまう。そう告げる事で更にアクセルの機嫌を損ねてしまう事にナマエとデミックスの二人は気付かない。シグバールだけがアクセルの苛立ちの原因に気付くも何かする訳ではなく、変わらず含み笑いを見せる。


『な、何かアクセル今日はやけに酷くねェか』


『そりゃあお前、嫉妬してんだろうよ』


幾ら毎日の様にからかわれていたとしても、もう少し丸いアクセルの言葉。ところが今日はやけに突き刺さる。原因を知らないデミックスがそう告げればシグバールはこの場を、というよりは自身を愉しませる最も効果的な一言を何の躊躇いもなく吐いた。


『え、そうなのアクセル』


『…煩ェ、嫉妬なんかじゃねェよ』


何故嫉妬なのかと思うところもあり、ナマエはアクセルを見る。いつもなら曖昧にしてやり過ごす事は容易い。然しながら、シグバールの一言は意外にもアクセルに動揺を生み、はぐらかす事すら出来ない。拗ねた様に外方に視線をずらすアクセルは、無言の肯定をしてしまったと言われても仕方がない程明らかである。


『くくっ、素直じゃないねェ』


『アクセルが素直だったら気持ちわ…痛ェえっ』


面白くなったとシグバールは喉を鳴らして笑い、形勢逆転だと笑うデミックスに対して、アクセルはデミックスの頭上目掛けて拳を降ろす。唯でさえ痛がりなデミックスが大声を上げて叫べばアクセルはふんと鼻を鳴らし、痛がるデミックスを横目で睨んだ。


『さァて、邪魔者はさっさと退散ってェ…ハナシだ』


『ちょ…うそーん、俺のおやつーっ』


未だ少しばかり愉しみが足りないような気もしたが、これ以上の展開が望めない事はアクセルの様子を見れば理解出来た。シグバールはデミックスの首根っこを掴むと、嫌がるデミックスを無理矢理広間の外へと連れ出す。その二人とアクセルを交互に見、自分も共に逃げ出したい気持ちを抑え、ナマエはアクセルを見上げる。


『あ、あの…アクセル…』


『嫉妬じゃねェからな』


先程まで賑やかだった広間も半分居なくなれば静まり返る。嫉妬と言われても対処の仕方が分からず、困り果てるナマエにアクセルは今更ながらに否定の言葉を投げる。然しながらシグバールなら未だしも、デミックスでも気付くアクセルの態度を今更否定されたとしても、俄かに信じ難いもの。


『あたしが好きなのはアクセルだからね、拗ねちゃ嫌だよ』


『…拗ねてもいねェよ』


とにかく今は誤解を解く事が最優先だと、ナマエは一歩アクセルに近付き優しく言う。自惚れではなく、ナマエが自分を大切に想ってくれている事は知っている。それでも矢張り、自分以外の異性に優しいナマエは見ていて気分が良いものではない。近付くナマエに戸惑うものの、自分を大切に想ってくれているナマエ、大切に想うナマエに最早強がる姿を見せる事自体可笑しいと気付いた。


『俺は独占欲が強ェんだ。…人一倍、な』


そう言って抱き締めた途端、何もかもがどうでも良いと思える。デミックスに対して抱いた嫉妬も、自分を愉しみの材料として扱ったシグバールも、誰に対しても優しいナマエに感じた虚しさすらも嘘の様に消え失せる。ナマエの温もりが全てを包み、アクセルの身体に浸透する。


『好きと愛してるの違いも、心があれば伝わるのにね…』


『馬鹿野郎。んなモン、触れたら分かるんだよ』


記憶したか、と付け足すアクセルは先程迄の態度と違い、漸くいつもの彼に戻ってくれた事にナマエも穏やかになる。抱き締めて伝わる温もりが好きと愛してるの違いならば、確かに自分は愛されているのだとナマエは込み上げる笑みを抑える事が出来なかった…


















(食べたクッキーは苦味たっぷり)


だって、アクセルの口に合わせてるから…




















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100526めぐ
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