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誓いの言葉を囁こうか

(誓いの言葉を囁こうか)
君と幸せに触れたい




目の前に見える柱時計の長針が既に半回転する様を龍麻はぼんやりと眺めていた。待ち合わせはもう少し先だったろうか、それとも今日自体デートの約束をしていなかったのだろうかと、そんな考えを浮かべて隣に視線を移す。待ち人はとうの昔に隣にいる。待ち合わせは11時、隣の彼女は一週間前から今日のデートを楽しみにしていると言っていた。にも関わらず、この場から動いていないとはどういう事だと龍麻は小さく溜め息を吐いた。


『…ナマエ』


『わ、分かってるよっ。見てるだけだもん…ッ』


ショーウインドウの硝子に貼り付いたまま動かない、本日のデート計画者であるナマエはショーウインドウの硝子に貼り付いたまま微動だにしない。これはある程度長くなるだろうなと覚悟していたものの、龍麻の程度を超えている。ショーウインドウで隔たれた先を一心不乱に眺め、ナマエは地に根が生えたように動かない。


『そう言って、待ち合わせ場所からずっと動けないんだけどね…』


『だってウェディングドレスだよ、女の子の憧れだよっ』


ショーウインドウを隔てた先には純白にシンプルな真珠をあしらえたドレスを着たマネキンが、見てくれと言わんばかりの堂々たるポージングでナマエと向き合っている。龍麻からしてみれば、どんな格好をしていたとしても変わらない、人は見掛けで判断すべきではないと、ナマエのドレスに対する憧れを今一つ理解する事が出来なかった。


『…女の子って大変だな』


動かないナマエを横目で見遣り、龍麻は苦笑いを浮かべる。確かに見ている分には飽きないナマエのうっとりとした表情。とは言え、いつまでも動かない訳にはいかない。ナマエがこの場から動いてくれる最善策を龍麻は暫く頭を働かせる。その間もナマエは硝子に吸い付いた状態である。


『うう…良いなァ、綺麗だなァ…』


ナマエを無理矢理引き剥がすという強行手段は気が引けてしまう。強行手段を使うぐらいならば待ち惚けを選ぶ龍麻の性格は、何とか強行手段を使わずに解決する方法を懸命に考える。硝子に貼り付いたナマエは、龍麻が解決策を考え頭を痛めている事など知る由もなく、純白のドレスに魅入られていた。


『分かった。但し今日は試着だけ。流石に未だ購入って訳にはいかないからね』


『えっ、良いの』


ナマエの気を悪くせず、尚且つこの場からナマエを動かす最善策と言えば試着だろう。これで駄目ならナマエの気が済むまで留まろう、と龍麻は半ば賭けに出る。その言葉に漸く龍麻を見たナマエの瞳は期待と狂喜にきらきらと輝いては揺れている。


『うん。ナマエにぴったりだと思うし』


てっきり買ってくれるまで動かないと言い張るだろうと予想していた龍麻にとっては意外なナマエの反応であったが、漸く自分の手を取ってくれたナマエに一安心する。ナマエの手を包みながら、入口まで移動すれば待ってましたと言わんばかりに自動ドアが二人を迎えた。


『将来の花嫁さんを今見ちゃうのは少し勿体ないけど、ね』


こっそりと呟いた台詞がナマエへ届いていたかは定かでないが、緊張しているのか微かに震えるナマエの手を、龍麻は力強い手で優しく包み込む。


『わァ…自分じゃないみたい…』


龍麻と別れ、勿論ナマエが選んだのはショーウインドウに飾られた純白のウェディングドレス。店員にされるがままドレスを纏い、出来上がった自分の姿を鏡に映し、ナマエは甘い溜め息を吐く。似合うか似合わないかではなく、憧れのウェディングドレスを今着ている事に嬉しさが溢れ出す。何年後の未来に、自分は再びドレスを着る事が出来るのだろうか。無論、相手が龍麻でなくては意味がないとナマエは思う。


『龍麻君、』


彼は今の自分を見て、どんな言葉を掛けてくれるだろうか。優しい龍麻の事だから、決して否定はしないだろう。とは言え、当たり障りのない反応を示されては着た意味もない。歩き辛いドレスを引き擦らないよう慎重に歩き、待合室のソファで雑誌を読んでいる龍麻に声を掛けた。


『ああ、式場の中を少し借りても良い……って…』


ナマエに呼び掛けられた龍麻は雑誌を閉じて振り返る。その龍麻がナマエを見た途端、言葉途中に動かなくなる。矢張り男性にとってウェディングドレスと言っても今一つ感動がないのだ、とナマエは少しばかり気持ちが沈む。


『な、なんか馬子に衣装って感じ、だよね』


『驚いた…』


ウェディングドレスを着る事が出来た幸せな笑みを慌てて苦笑いに切り替え、言葉を作れば龍麻は一言、言葉通りの表情を浮かべてナマエを見る。


『どんな衣装でも人間ってそんなに変わらないと思ってたけど…他の人には絶対見せたくないぐらい、綺麗だ…』


龍麻はどんな時も当たり障りのない言い方をする。それでも今の表情を見れば恐らく何も考えず、言葉にされた本心なのだろう。言い終わった龍麻の照れ笑いに沈んだ気持ちが晴れやかになる。そして再び、手を取って笑った。


『どんな誓いだったっけ…病める時も…とかだよね』


今日は客が来ないから、と特別に借りた、式場を真似て作られた一室に二人は居た。祈りを捧げる場所から後ろは招待客が座る長椅子すらない小さな部屋であったが、まるで本物の式場に来たかのようにナマエの口元は緩みを隠す事が出来ない。ウェディングドレスを着て、龍麻の隣に並ぶ事が出来る…その事実がナマエにとっては最も大事な事であった。


『ナマエ、』


誓いの言葉を思い出そうとするナマエの少し後ろで聞こえた龍麻の声に、ナマエはゆっくりと振り向く。少し後ろに立つ龍麻には窓から射し込んだ陽が当たり、漆黒の髪がきらきらと輝いている。薄く笑う表情にはいつもの優しい龍麻に織り交ぜられた少しばかり緊張した色。その色にナマエも思わず畏まってしまう。


『付いて来てくれとは言わない。』


ナマエが龍麻と向き合うように立つと、龍麻は恥ずかし気にゆっくりと口を開き…


『俺の隣で、ずっと一緒にいてくれませんか』


『た、龍麻君…』


結婚式で述べられる誓いの言葉とは違うものの、龍麻はナマエの前で膝を折ると、そう言ってナマエを見上げる。跪いた龍麻と目が合えば気恥ずかしく、ナマエは頬を真っ赤にさせては視線をあちらこちらへ動かし、恥ずかしさから逃れようとする。


『俺は、ナマエの隣で生きていきたい…』


然しながら龍麻は至って真剣に、更に続きを述べる。ウェディングドレスや結婚式に対して男性が余り積極的ではないと思っていたナマエにとって、龍麻のその言葉はどんな甘い言葉よりも胸に響いた。それと同時に、自分と同じ事を考えていてくれた龍麻に其処は彼と無い嬉しさが溢れ出す。


『あ、あたしで良いの…』


『ナマエ以外に誰がいるの』


恐る恐る聞くナマエに、そう言って笑った龍麻を見て、ナマエは瞳を潤ませながら頷いた…


















(手を伸ばせば)


この世で一番の幸せに触れた…




















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For ななつさき様

100530めぐ
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