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春音色

(春音色)
眠らない、春の色




然程高さのない山の天辺に生えた桜の木々を見上げ、佐助とナマエは自然と口元が緩むのを感じていた。花見の季節から少し時が経ってしまったものの、山に並んだ桜は調度見頃であり、ひらひらと瓣が空を舞っては辺りを桃色に染め上げる。


『こりゃ旦那が喜ぶね』


『はい、見事な桜です』


飽くまで武士達の士気を上げるという名目で開催される花見。その名目は唯の名目でしかなく、目の前で咲き乱れる桜は士気云々を忘れさせる程に見る者の視線を留めさせる。空いた時間に花見の下見へ出掛けるナマエを見付けた事でナマエとの時間、そして一足先に桜を見る時間を手に入れた佐助は密かに得をしたと感じていた。


『ナマエちゃんも楽しそうだしね』


『今年は特に、綺麗な桜が咲きましたから…』


昨年の桜はどうだったか、戦場以外の風景を思い出す事は、常に戦場に身を置く佐助には困難であった。然しながらナマエがそう言うのならばそうなのだろう。うっとりと桜を見上げるナマエを見れば、言葉以上に昨年の様子を語っている。


『ちょっと、先に失礼しちゃおっか』


『え…、でも…』


これ程までに嬉しそうなナマエを桜と共に焼き付けてしまいたい。佐助は有無を言わせないと言わんばかりに桜の根本に腰を落としてナマエを手招きする。未だ遠慮があるのか、ナマエが少し躊躇していると


『大丈夫大丈夫、どうせ花見なんて始まったら、潰れた旦那の介抱で花見どころじゃないし』


そう言ってナマエの手を取る。ここまでされてしまえばナマエに拒否権はなく、ナマエは矢張り遠慮がちに佐助の傍へ腰を下ろす。途端に桜の瓣がナマエを逃さぬが如く舞い踊り、再びナマエの目を柔らかく細めさせた。


『桜ってさ、遠くから見るから綺麗だよね』


見上げた桜は二人の前をひらひらと舞い、陽の光を浴びてきらきらと光る。陽に当たれば瓣は色を無くし、まるで粉雪の様に白く映る。それは、飽くまで遠くから眺めた桜の見方。近くで見れば桜は矢張り桜でしかなく、粉雪ではない。


『人間は…何でも遠くから物を見る。俺様達忍も同じ…見たくない世界は、目を背けたくなる』


斯様に雅なる桜と何を重ねているのか、佐助の考えは言葉にせずともナマエに伝わっていた。戦場に身を置く佐助だからこそ、戦場を武士よりも冷静に見詰める忍だからこそ、佐助の想いは強い。何時からだろうか、見る物全てを遠くから眺めるようになってしまったのは。近くで眺めては要らぬ情が沸いてしまう。それは戦場では尚強く、自分の命を落とし兼ねない甘い情。


『遠くから眺める事に慣れて、いつからかそれを風流だと言うようになった。それは…これから先もきっとそうなんだ』


戦場に身を置かないナマエに理解を求める訳ではなく、寧ろ独り言だと思ってくれるのならば幾らか救われる。桜に惑わされているのか、一旦溢れた言葉は留まる事を知らず、桜の瓣が如く空を舞う。


『佐助様は、桜はお嫌いですか』


『そうじゃないけどね。純粋には見られないかな』


こんな話をするのではなかった、改めて気付いたのはナマエの寂し気な横顔を視界に入れた時。雅なる桜の前では余りにも不釣り合いなナマエの表情。出来る事ならば自身も純粋に桜を美しいと感じたい。然しながら浮かぶのは、桜の瓣が如く散りゆく人の果敢無さ。その映像を振り払えない佐助にナマエは悲し気な表情を向けながらも口を開いた。


『ほんの一時…桜が散ってしまうのは一瞬です。ですから、その一瞬を逃してはなりません』


それは、人間も同じなのだと付け足し、佐助に向けた表情を再び桜へと移す。


『佐助様、桜は大きくて煌びやかです。そして…』


ナマエがゆっくりと手を伸ばせば、吸い込まれるように桜の瓣が掌に舞い落ちる。たった一枚、桜の前では無に等しい桜の瓣であるにも関わらず、その姿は自然と佐助の目を辿らせる。


『近くで見れば、また違う美しさだとは思いませんか』


その瓣を眺め、ナマエは和やかに微笑んだ。たった一枚の瓣であってもナマエは幾本の桜を眺める時と同じ微笑みを向ける。それは、戦場を知らないナマエだからこそなのだと言ってしまえばそうなのかもしれない。然し、例えナマエが戦場を知る人間であっても、ナマエは同じ微笑みを向けるのだろうと佐助はナマエを見詰める。


『佐助様も、近くから見ても素敵ですよ』


ふわり、桜の舞う世界にまるで二人しか居ないような錯覚。柔らかい笑みは優しく佐助を包み、暖かい陽がナマエを照らしている。桜を美しいと述べる彼女自身が美しいという事の、その理由が今ならば理解出来る。


…そうだ、だから彼女は…


『こうしてると、暖かいんだな』


『さ…っ、佐助、様…ッ』


掌に包まれた瓣と共に包めば、暖かい温もりと甘い香りに包まれる。ナマエの肩を抱き寄せ、ナマエが抵抗しない事を良い事に、佐助はナマエを離そうともしない。


『あー…確かに、近くだとナマエちゃんの暖かさが直に伝わるわ』


『わ、私はそう言う事を言っているのでは…っ』


桜色に頬を染め、必死にそう告げるナマエすら愛おしい。冗談交じりに言った言葉の、半分以上が本気だという事にナマエは気付いているのだろうか。抱き締めるだけでは伝わらない程、仄かな自分の気持ちに。


『俺様はナマエちゃんみたいに未だ近くで見る勇気はないけどさ…』


柔らかいナマエの髪に舞い落ちた桜の瓣をそっと撫で、指で掬えば瓣は再びふわりと舞い上がる。この瓣もいつか地面へと落ち、姿を消してしまう。人の命と同じく果敢無いもの


『それでもナマエちゃんだけは、近くで見たい…って思うよ』

然しながらその果敢無さすら、今は美しいと感じられた…


















(過ぎゆく春の季節)


愛おしくて、包み込んだ




















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100422めぐ
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