[携帯モード] [URL送信]
こいのはじまり

憧れ、と言うには掛け離れていた




『佐助、佐助はどこにおるのだっ』


町で聞く噂とは180度方向転換。初めて見た彼の印象は噂で聞いた異例の早さで大将首を討ち取るとは掛け離れているものだった。


『旦那、子供じゃないんだから留守番ぐらい温和しく…』


『違うのだ佐助っ』


腹が減ったのだ…っ


『…』


聞き間違えでなければ確かに真田 幸村は現れた佐助にそう言い放った。


まさか、紅蓮の二槍使いが斯様な用件で部下を必死に捜し回り、廊下を走り回るなど誰が想像出来ようか…彼の武田 信玄、武士として使える幸村、その屋敷の女中として仕える事に憧れを抱いていたなまえは密かに愕然した。


『幸村様、ねェ…戦場では飛び抜けておられるみたいだけど屋敷ではいつもあの様子よ』


『そ、そうなのですか…』


町人誰もが憧れるあの真田 幸村、先陣を切り紅蓮の槍を振り翳し、戦場を駆け抜ける真田 幸村が言い方は多少大袈裟かもしれないが駄々っ子の様な一面を持っていようとは…


女中皆が口を揃えて噂は誠かも定かではないと言い出す始末であった


『…あ』


幸村の意外な一面を知ってからの数日、度々見掛けた幸村は屋敷で働くようになってから知った幸村本人であり、以前程驚く事もなかった。然しながら偶々見掛けた彼、幸村に思わず声が漏れる。


しとしとと降り落ちる雨の音、空一面を覆う曇り空を見上げ、必死に何かを願う横顔を見た。


『幸村様、あの…何をされているのですか』


『む…そなたは確か…』


何をされているのだろう…そう思うよりも早く傍へと寄っていた。恐れ多くも話し掛けてしまったが失礼な態度であったかと後悔するも、幸村はなまえの存在に気付くと特に気にする様子は見せなかった。其れ処か些か身体を引いて見せたのでなまえは小首を傾げる。


『なまえと申します、幸村様』


『そうか、そなたが新たに雇われた女中の…』


なまえの存在は少なからず幸村達の耳に入っているようで、恐らく自分の存在など知らないだろうと思っていたなまえにとって幸村の言葉に少しばかり嬉しくなったものの、矢張り気になるのは先程の幸村が見せた表情…


『佐助がお館様から申し使った任に出ておるのだ。だが生憎の雨…』


そう言うと一度言葉を切り、幸村は再び雨を降らせる曇り空を悲し気に見上げ、溜め息を吐く。


『佐助に限って…とは思うのだが…どうにも雨は人の心を臆病にしてしまう』


『幸村様…』


紅蓮の二槍使いの威厳も、戦場以外の幸村とも結び付かない幸村の姿に、なまえは驚きよりも別の想い、何と清らかな方なのだろう…そう感じたのが正直な感想であった。悲しくも飛び道具と思われる忍に対して、幸村が見せた表情は心より佐助を心配しているもの…


噂云々ではなく、目の前におられる幸村様が誠の幸村様…


仕方がないとしても、噂に惑わされていた自分が気恥ずかしくなる。憧れを抱くには掛け離れた幸村の姿は雨音と共に新たな感情と鼓動を生んでいくような気がした。


『雨、早く止んで欲しいですね』


『うむ』


目の前に出来た水溜まりは雨が落ちる度に小さな波を生み、その度に映る景色は揺れ動く。静かな静かな時間を幸村と共に感じていた。言葉を交わす事さえ初めてであった、幸村と…


『雨が止めばきっと、』


揺れ動く世界も泣いてしまいそうな彼の表情も明るいものへと変わるのだろう…。そう思えば、なまえは幸村の背中と視界に映る曇り空を祈るように眺め続けた。


















(私の中の彼)


あの日から、彼を想う





(こいのはじまり)


















……………………………
091205めぐ(100316訂正)
……………………………



第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!