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ゆれる、こころ

気付けば視点を定めていた




女中の一人が病に伏し、新たな女中がやって来たと風の噂で聞いた。元より女中はどれも同じだと、新たに入ったとしても飽く迄噂に留まるだろうと幸村は思っていた


『お早うございます幸村様』


『っ』


いつからかは分からない。何がきっかけかも忘れてしまった。いつからかなまえの声が聞こえれば胸が高鳴り、話し掛けられれば動揺を隠す事が出来なくなってしまった。


『今日も良いお天気ですね。少し、肌寒いですが…』


なまえは他の女中とは違う…どこがと聞かれれば答える事は出来ず、寧ろ他の女中と同じ様に屋敷での仕事を熟し、態度も他と変わらない。それでも幸村の中で、存在の大きさは日に日に増し、特別とも言える程になっている。


『幸村様、』


名前を呼ばれる度に胸の奥が熱くなる


『幸村様、今日は…』


話し掛けられる度にどう返すべきなのか分からず曖昧になる。


『どうしたと言うのだ某は…』


何を考えるにも、どう考えても結び付かない内容にも必ず最後にはなまえが浮かぶ。気付けばなまえの名を呼び、思わず一人頬を染めてしまった事さえもあった。


『武士として斯様な悩みを抱えていては戦に支障を来すと言うに…』


言葉に出すには容易であっても、頭では既になまえの事ばかりが浮かび、何度も首を大きく横に振る。然しながら消えない存在に悶々とした感情は、益々幸村を悩ませる。


『…はァ』


一人、月を眺め気分を落ち着かせる。戦の音も、人の気配すらも忘れてしまいそうな程の静寂は幸村に少しばかりの安らぎを与えるものであり、見上げた月の見事さは思わず見惚れてしまうものであった。


『どうすれば良いのだ…』


なまえを見掛ける事のなかった日はどこか心が落ち着かず、会えば緊張してしまい殆ど会話が成立しない儘過ぎてしまう。どうすれば心を落ち着かせる事が出来るのか…


『もしかしたらなまえ殿本人が解決策を持っているのでは…』


それよりもなまえ自身が原因を知っているのではないかという考えさえ浮かび、幸村は徐に立ち上がる。悩んでいても何も変わりはしない、悩むよりも問い詰めるべきではないかと…気付けば夜中だと言うのに廊下を駆け出していた。


月の光に惑わされたのかもしれないと思える程に、心強く、勢い付く…


『幸村様…今宵の月は一段と美しいですね』


なまえの部屋に行く迄もなく、なまえは存在していた。通りの庭から、先刻の自分と同じ様に月を見上げていた。幸村の気配に気付くと驚き、そして柔らかく微笑む…


『なまえ殿、某…そなたに尋ねたい事が…っ』


一歩一歩着実に距離を縮め、なまえのすぐ横で漸く立ち止まると、なまえは先程まで座っていた場所から擦れ、幸村の為に席を空ける。女性の横に座るなど…と、一瞬戸惑うもなまえの親切心を無駄には出来ず、幸村は素直になまえの横へと胡座を掻いて腰掛けた。


『幸村様が私に聞きたい事とは…』


『その…なんと言えば良いか分からぬのだが…』


隣になまえが居る…そう思えば先程の勢いは何処かへ行ってしまった。どこから話すべきか…なまえ本人の名前を出す訳にはいかないと幸村は事の成り行きを掻い摘まんで説明する。


その間、なまえは唯じっと幸村を見つめて話を聞き、時折相槌を打ち、それが説明下手な幸村にとっては落ち着いて話す事が出来た。


気付けばぼんやりとしてしまい、溜め息ばかりが漏れる。それでは駄目だと気を引き締めるも矢張りいつの間にか動く事を止めての繰り返し…そう話し終わるとなまえは2、3頷き口を開く。


『幸村様、もしかするとそれは…』


『や、矢張りなまえ殿は知っておるのか』


思い当たる節があるのか、なまえは頷く。何とも心強い頷きに幸村は漸くこの悶々とした日々から解放されるのだと心の底から安堵した。


『恋煩い…かもしれませんね』


恋煩い…まさか…


『こっ…恋など、は、は、破廉恥な…ッ』


そのような事に現を抜かす自分ではない、そう言い掛けて口を噤む。


この気持ちが恋なのだろうか…


『そのような時、いつの間にかどなたかを思い浮かべてはおりませんか』


言われてみればそうだった。確かにいつだって行き着く先は目の前の彼女、なまえが存在している。なまえの事ばかりを想い、知らず知らずなまえの名を呟いていた…


『恋は病でも、心温まる幸せな病なのですよ』


そうか、この気持ちが恋なのか…


失敗してばかりの、未だ悶々としてばかりのこの気持ちが…


『その方はきっと、幸村様に大切に想われて…幸せなのでしょうね…』


薄く笑う目先の彼女に…


某はなまえ殿に恋をしておるのだ…


思えばしっくりと胸の中心に収まった。恋という言葉に戸惑う気持ちは抑える事は出来なかったが、なまえ相手であると思えば、一層想いが募るような気さえする。


『大事に、育ててあげて下さいね』


笑うなまえに、幸村は照れた笑いで返すと暫くの間、二人で月を眺めていた。


















(揺れる想いが、恋)


君が笑えば心が揺れる





(ゆれる、こころ)


















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091203めぐ(100316訂正)
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あきゅろす。
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