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心暗殺

君を思う事は許されない




早朝、昨日に信玄から申し遣った任務を終えて、武田城へと帰還した。一早く信玄の元へ報告へ向かう先に見えた庭先で木桶を抱えるなまえを見掛け、顔を上げたなまえと視線が交われば無意識に足は彼女の方へと向いていた


『佐助様お早うございます』


『おっはよ、なまえちゃん』


武田城で女中として仕えるなまえ…自分が仕えている幸村がなまえに惹かれている事は知っていた。幸村は恋など破廉恥窮まりないと否定していたが、それすらも見え透いた照れ隠しである事も佐助は理解している


そして恐らくは自分も、なまえに心惹かれている事も自身では理解していた


『朝早くから大変だよね、女中ってのも』


あの幸村が恋をする事など珍しく、出来る事ならば結ばれて欲しいとは思うものの、断ち切る事の出来ないなまえに対する想いはなまえを求め、唇は自然と言葉に色を付けてしまう


人の事言えないぐらいに俺様も純粋だよね…


『佐助様こそ…つい先程帰って来られたばかりでは』


『俺はそれが仕事だから…って、まァなまえちゃんもそれが仕事なんだけど、何つーか…寒いのに冷たい水の中に手ェ突っ込んで大変だなって』


木桶に張った冷水に手を浸し、皆の着衣を洗うなまえの手は赤く腫れて痛々しい。城にいる女中の殆どの手が冬になれば皹を起こしている事も頷ける。


『冬場は冷たいですが夏場は気持ち良いんですよ』


本来ならば皹を起こした手を更に傷付けてしまう事に抵抗を覚えるものだがなまえは至って普通の、何ともないと言わんばかりに着衣の汚れを擦り続けた。


『なまえちゃんは良い子だよ、本当。俺様なら何日も経たない内にそんな仕事辞めちまうぜ』


『いえ、私にはこうして皆様のお世話をさせて頂く事しか出来ないですから…』


佐助の言葉に笑顔で答えるなまえに、地雷を踏んでしまったような、突如佐助の胸に冷たい風が吹き抜ける。柔らかく笑うなまえの表情は決して自分に向けられたものでもなく、皆平等に向けられる事はないのだと言われている気がしてならなかった


『…特に、真田の旦那とか…ね』


途端、大きく目を見開いたなまえが佐助を捉え、その表情は僅かの間に頬を赤く染め上げる。なまえは幸村に対して特別な感情を抱いている…


その表情が余りにも素直な反応を見せた為、なまえ自身何とか取り繕わなければと慌てて首を横に振った


『…っそ、その様な事は…ッわ、私は…』


『うーん…そんな分かり易い反応されちゃうとねェ…』


幸村並に分かり易い反応をなまえが返す事で更に佐助の胸が引き攣るような痛みを与え、息を吐けば胸が潰れてしまうのではないかと思うぐらいに締め付けられる。佐助の言葉の意味が理解出来ずに何かいけない事を言ってしまったのかと不安な表情を浮かべるなまえに返したのは苦い笑い


『…分かっているのです。幸村様もいつかは身分相応の方と結ばれる、と…。だから私はあの方を見守るだけ…』


一方のなまえは佐助に気付かれているのならばと、叶ってはならない想いを呟く。女中等所詮は唯の世話係でしかなく、想いを抱く事自体が過ちであるのだと


『ですから私が出来る事が少しでも幸村様の為になるのなら……あ…』


俯き、着衣を擦るなまえはいつの間にか佐助が見を屈めていた事も、その佐助の手が同じく木桶の冷水にどっぷりと浸かっていた事にも気が付かなかった


『佐助…様…』


なまえの手を取り、やんわりと包めば微かな温もりが互いの手を少しばかり温めてくれる。冷水に浸した手の痛みも感じない程に胸の奥が痺れる。


『痛いね、本当に痛い…』


届かぬ想いの共有など一時の、筋違いな慰みでしかない。佐助もまた届かぬ相手に想いを寄せているのだと、なまえは佐助の手を優しく握り返した。

















(君想う故に痛む)


罪悪感の上に成り立つ感情






(心暗殺)















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091124めぐ(100316訂正)
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