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ぷれぜんと

千里を駆けてみせようという心意気




武田城の廊下を歩く佐助の前にはいつもとは違う、いやに覇気のない幸村が歩いていたので佐助は思わず声を掛けた。気配を消していない自分の存在にも気付かないとはどうしたものかと名前を呼ぶも、幸村は熱心に何かを考えている様子…


『旦那、……旦那ってば』


声を掛けるも反応は見られない。仕方がなく肩を軽く小突けば幸村は初めて佐助の存在に気付き、漸く佐助に顔を向ける


『……む…佐助か、どうしたのだ』


『どうしたのだじゃないよ、まったく…』


漸く気付いたまでは良いが、矢張り幸村はどこか払拭する事の出来ない悩みを懸命に解決へと導こうと思考を巡らせていた


『まじでどうしちゃったの旦那…何か拾い食いでも…』


『いや、違うのだ佐助。某は……』


そう言って言葉を途中に大きな溜め息を吐く。普段ならばムキになって返す佐助の冗談にも反応しないぐらいに大きな悩みを抱えているのは聞かずとも分かる


旦那が悩み…ねェ…


頭より先に身体が動いてしまう幸村が悩むと言えば…そう考えれば結論に行き着くまでに然程時間は掛からなかった


『…旦那、もしかして恋しちゃってたりィ…』


にやりと笑い、幸村を見れば瞬き一つせず大きく目を見開いた幸村と視線がぶつかる。あ、まじで当たっちゃったと更に口端を攣り上げれば見る見る内に紅潮していく幸村の頬


『だ、だだだ断じてその様な事はッ…某がこ、ここここ恋などに現つを抜かしている訳がなかろうっ』


一寸置いた後に口を開閉させ、手を慌しく振り回す幸村の動揺振りは更に佐助に確信を与える逆効果なもの。その反応をもう少し愉しんでも良かったのだが、あの初心で奥手な幸村が好意を寄せる相手の方が佐助の興味心を沸き立たせた


『あー…うん、そういやなまえちゃんが今日は誕生日なんだっけ』


『う…っ』


試しに挙げた…否、武田城で女中として働くなまえならば大いに有り得るのではないかと名前を挙げれば、それこそ素直な幸村の顔は耳まで紅潮する。


…旦那、分かり易いよ


思わず心の中で呟き、同時に恋など破廉恥だと散々言って来た幸村が恋をしている…手助け、と言えば響きは良いが、その奥に潜む興味本意により佐助は一つ、悩める幸村に提案を持ち掛けた


『なまえちゃんは旦那が良く行く甘味処の団子が好きなんだってね』


『それは誠か佐助ェェエっ』


思いの外反応を見せた幸村に、悩みの種を理解する。恐らくなまえの誕生日に何か差し出す物はないかと考えていたが、その何かを何にすれば良いのか悩んでいたのだろう


昨日聞いたから確かな話だと佐助が告げればそこは流石幸村、急ぎ身体の向きを変えて廊下を走り出そうとする


『お館様ァアア…っ』


無論、向かう先は矢張り武田信玄の元


『旦那旦那っ。大将には言ってあるから、さっさと買いに行きなよ』


機転を効かせ、取り敢えずは幸村が途中渋る事がないよう、幸村を見送った後に信玄の元へ向えば良いと考え佐助は幸村を引き留める。


そんな佐助の嘘に気付かない幸村は佐助の言葉に足を止めた後、反動で数歩進んで振り返る。振り向いた幸村の顔がやけに明るく輝いていたのは言う迄もない


『で、でかしたぞ佐助…っ…あ、いや、某は別に…ッ』


『分かった分かった、旦那は唯甘味処の団子が食べたいだけでしょ。別になまえちゃんの為じゃなく…ね』


言いながらも嘘を吐く事の出来ない幸村の口元は緩んでいる。想いを気付かれる訳にはいかないと慌てて訂正するも佐助の言葉に返す言葉が見付からず、幸村は小さく呻いた


『そうと決まったらほら、さっさと行く行くっ』


『佐助…某はお主のような部下を持って誠に…っ』


未だ続く幸村の言葉を途中に、佐助は2つ頷き幸村の背中を強く押した


『…ど、どう渡せば良いのだ…』


手に持ちきれんばかりの団子を持ち、なまえの部屋の前で行ったり来たりを繰り返す。佐助に言われた通りになまえが好きだと言う団子を手に入れる事は成功した…それもまた甘味処の団子全てを買い占めて。


しかしながら、女性の誕生日を祝う事が初めてである幸村には次なる問題、どのように渡すべきかという問題が降り掛かっていた。


『そもそも某がなまえ殿の生まれた日を知っておるなど…ぬ、盗み聞きしていたと思われるのでは…』


なまえが誕生日である事を知ったのは昨日…偶々炊事場の前を歩いていた際になまえが同じ女中と話している所に遭遇した。その際、人の誕生日には何か贈るものだと言う事も知った


『なまえ殿、そなたが産まれた事に某は心より感謝……ぬォオっ、言えぬ、某には言えぬわァァァアア…っ』


一人悶々と頭を悩ませては忙しく動き回り、傍から見れば不審者扱いされても良いような状態をも気にせず幸村はなまえの部屋の前で悩み続ける。


『矢張り一度出直して再び…』


『あの、幸村様…』


出直せば明日の朝以降も悩み続けるだろう事を思い踏み留まる。ほとほと困り果ててしまった幸村に救いの声を掛けるかのように後ろから声がし、幸村は条件反射で振り返る


『何でござろうなまえ殿………』


自分の口から無意識に出た名前に幸村自身が驚いた


『んな…ッ、なまえ殿…っ』


『はい、なまえでございます幸村様』


振り返った先に立っていたのは紛れもなくなまえ。信玄に雇われた女中であり、正に幸村が想いを寄せている、なまえその本人…


『私の部屋の前で…どうされたのですか』


『そ、某はそのっ………ッ』


手に持った団子を隠そうとするも、買い占めた団子を隠す場所もなく覚なる上は、となまえに背を向ける。しかし、尚も幸村の身体では隠しきれない団子が身体の陰からその姿を見せる。


『あ、そのお団子…』


心臓が大きく跳ね上がる


隠す事の出来ない甘い香りが鼻を掠めた。


『さっき買いに行ったんですけど臨時休業だったみたいで…幸村様もそのお団子大好きなのですね』


渡すのならば丁度団子の話題が出ている今ではないか、今を逃せば渡す機会は永遠に訪れない…


『…なまえ殿っ』


『は、はいっ』


意を決した幸村はなまえへと向き直ると一つ、深呼吸をした後に口を開く。一方の名前は突然名前を呼ばれ、反射的に返事を一つ返すのみが精一杯であった


『…その、そ、某はなまえ殿が今日が…た、た、誕生日だと…偶々っ、偶々聞いて…っ』


怖ず怖ずと溢れんばかりの団子をなまえへと差し出し、とてもではないが直視出来ないなまえから視線を外す。対するなまえは差し出された団子を見、尚且つ昨日炊事場近くで見掛けた幸村をふと思い出す


もしかして幸村様、昨日の会話を…


『もしかして幸村様それで…』


真田 幸村はなんと律儀なお人であろうかとなまえは内心呟く。差して他の女中と変わらない自分の為だけに、特に恋仲でもない自分の為だけに甘味処の団子を臨時休業にしてしまう程に、唯会話を偶々聞いていただけでそれ程までに祝おうとするなど…


『や、矢張り迷惑であったか…』


『そ、そんな事…っ。あの、私凄く嬉しいです』


言ったは良いが驚きのあまり、反応が遅れてしまったなまえを幸村が泣きそうな瞳で見れば、どう返せば良いのか次はなまえが悩んでしまう。幾ら幸村の持つ団子が好きと言えども食べられる限度があるとは口が裂けても言う事は出来ない


『あの、幸村様、本当に有難うございます。でも…流石にその量は食べられないので、宜しければ幸村様もご一緒に…』


『む…量を考えるのをすっかり忘れていたでござるっ…』


某とした事が、と付け足し団子の数を再確認する。好きな物を沢山食べて貰おうと張り切って買ったは良いが流石になまえ一人では食べ切る事の出来ない量であった事に今更ながら気付く


『…それに、一人で食べても楽しくないですし…』


思い掛けないなまえの誘いに幸村の表情は再び輝いたものになる。溢れんばかりの喜びを表現すべく、考える間もなく団子を片手で持ち変えると勢い良くなまえの手を握り…


『なまえ殿…っ』


『何でしょう、幸村様』


それに対し笑顔で受け答えるなまえを見れば最早幸村の勢いは止まらない。頭の奥では今だ、行け幸村と、信玄が言っている幻聴まで聞こえる始末…


『なまえ殿、そなたが産まれて………』


『はい、幸村様』


ここまで来て頭に血が昇り、いやに足元がふらついてしまう幸村の前には変わらず笑顔のまま幸村を見るなまえ。


『い…言えぬ、矢張り某には言えないでござる…っ』


その先を知るのはもう少し先の事であった…
















(猪突猛進、ところにより破廉恥)


取り敢えず一歩前進






(ぷれぜんと)







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091111めぐ(100316訂正)
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