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こころつらぬく

(こころつらぬく)
もう、手遅れかもしれない…





お囃子の音が耳に届けば、隣の御方…幸村様は今にも走り出しそうな勢いで、私の手を引く。


『なまえ殿、あっちの方に団子がっ…おお、あれは的屋でござるなっ』


幸村様は、信玄様が病で倒れてしまってから、武田軍を預かり受けた。以来、幸村様と以前のように会う機会もなくなった。元々お忙しかった幸村様も、今や国を統べる方々の一人。だから今日のような特別な日を、幸村様と過ごす縁日を…私は一生忘れる事はないでしょう…


『あちらには何があるのだろうか…なまえ殿、なまえ殿は何か見つけたでござるかっ』


幸村様は先程から私の手を引いて、あちらこちらへ忙しく目を向けている。的屋や団子、風車…在りと凡ゆる出店が立ち並ぶ縁日はお忙しい幸村様を楽しませてくれているのか、言わずもがなだった。逸る気持ちを抑え切れない幸村様はまるで子供のように笑う。


『なまえ殿、決して某から離れぬよう…っ』


『ふふ…承りました。』


時折、私を気に掛けて下さるけれど、その内幸村様の方が逸れてしまいそうですねとは敢えて言わずに頷けば、私からも思わず笑みが零れてしまう。すると、何を思ったのか幸村様は急に立ち止まり、申し訳なさそうに俯いてしまった。


『あ……す、すまぬ…某一人ではしゃいでしまった』


『いえ、幸村様が楽しいと私も楽しいです』


私から漏れた笑みは決して呆れた事から漏れた訳ではないのに、幸村様は私が楽しんでいないと感じたのだろうか…。首を振って否定するも、幸村様は矢張り申し訳なさそうな顔を貼付けたまま。何としても誤解を解かなければならないと、私は幸村様が取って下さった手を少し強く握り、ゆったりと微笑む。


『幸村様…、幸村様の笑顔は、私を幸せにして下さるのですよ…』


『なまえ殿…』


だけど今一つ、幸村様は顔を曇らせている。折角久方ぶりに幸村様との時間を持つ事が出来たのに、こうして並んで歩く事が出来たというのに、幸村様が笑って下さらないと意味を為さない。何か幸村様を笑わせてくれるものはないかと視線を揺らせば、目に留まったのは出店の一つ…


『幸村様、私あれをやってみたいです』


『む…的屋でござるか…』


目に留まった的屋を指差し、ゆっくりと幸村様の手を引いて的屋の前に立つ。吹き矢を嗜んだ事はないけれど、恐らく幸村様ならば得意だろう。その証拠に幸村様は先程の沈んだ顔から一瞬にしてきらきらと目を輝かせていた。


『教えて下さいませんか、幸村様』


『も、勿論でござる…っ』


沈んだ顔から再び幸村様に笑顔が戻った事も勿論嬉しい。それよりも最近は忙しさも手伝って、すっかり温和しくなってしまった幸村様の内に見えた熱いものが私を安心させてくれる。幾ら国を任されようとも、矢張り幸村様は幸村様なのだから…


『なまえ殿、まずはこうして…』


『こ、こうですか…』


幸村様を真似て、吹き矢の筒を持つも、意外と難しい。折角ならば的を射ってみたいと口元に筒を持って行き、的を見る。口と目に距離がある分、幾らか筒を持ち上げるけれど、果たして距離と照準が合っているのかは私には分からない。


『もう少し肩を下げて、脇を…』


『っあ…』


何の前触れもなく触れた幸村様の手に、思わず声が上がる。触れられた肩は瞬時に熱を帯び、無意識の内に、背後に立つ幸村様の体温が私に伝わった。


『も、ももも申し訳ない…っ、某…ッ』


『あ、いえっ、私の方こそ…っ』


互いに無意識なのだから、誰が悪いと言う訳ではないのに、互いに頭を下げて少しの距離を取る。これもまた無意識であったけれど、少し離れてしまった幸村様との距離に虚しさを覚える。どうして私はこうも、幸村様に近付く事が出来た時に平常心を保つ事が出来ないのだろうか…


『なまえ殿…もし、』


すっかり離れてしまった幸村様の声は、お囃子や人々の声に紛れて少しばかり聞き取り難い。それでも何とか聞こえるよう、耳を研ぎ澄ませば幸村様は少し頬を赤く染め上げて意を決っしたように深呼吸を一つ、


『もし某が的を射抜く事が出来たのならば…なまえ殿に触れさせて貰えぬだろうか…っ』


『ゆ、幸村様…』


それはそれは…余りにも律儀で、だからこそ幸村様なのだと言われてしまえば正にその通りの言葉。聞かずとも断る筈がないのに、幸村様は顔を真っ赤にして言い放つ。騒がしかったお囃子の音も、周囲を取り囲む人々の声も今では何も耳に届かず、目の前の幸村様の呼吸音しか聞こえない。


『某は、なまえ殿に触れたい…なまえ殿に、永く…永く触れていたい…』


普段の幸村様を知る者ならば、予想もしないだろう私を酔わせる程に甘い言葉。その言葉の意味を深く考えるには余裕がなく、考えてしまえば恥ずかしさで気を失ってしまいそうな程。だけれど、それは同時に私と幸村様の曖昧な距離を埋めてくれるもので、今までにない程に私の中を幸村様で満たしてくれる。


『幸村様…必ず的を射抜いて下さい。そして私に、触れて下さい…』


もしかしたら、私が幸村様に射抜かれるのを待っているのかもしれない…



















(その一瞬に全てを賭けた)


私の心を射抜いた、彼の真っ直ぐな瞳に溺れる


















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100811めぐ
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あきゅろす。
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